2017年 05月 24日
「連覇もしくはそれに準ずる成績」という観点から見る、歴代横綱昇進直前成績~双葉山以前も見てみました~
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以前、双葉山以降の歴代横綱に関して、昇進直前2場所を「連続優勝かそれに準ずる成績」という観点から見てみました。なぜ双葉山以降かと申しますと、
・直前2場所が大関として勝率が5/6以上
・直前場所が勝率4/5以上
といった昇進直前の成績パターンが確立したのが彼の時代だと思われるからです。
今回、事のついでに、優勝制度確立してからの横綱たちについて同様に見てみようかと思います。ただし、優勝云々を問題にする関係上、大阪横綱は除外することになりますが。
前同様、この記事は以下のサイトを参照にしています。(優)は優勝、(同)は優勝同点、(準)は同点ではない二番手を意味します。
関連サイト:
「相撲レファレンス」(http://sumodb.sumogames.de/Default.aspx?l=j)
なお、当時は優勝決定戦がなく、優勝同点の成績が複数いる場合はその中で番付が一番上の力士が優勝という事になっていたそうです。
太刀山
明治42年6月 8勝2敗(準) 優勝は高見山酉之助 7勝0敗3分 太刀山と並び、7勝1敗2分の常陸山も準優勝扱いになっています。
明治43年1月 6勝0敗1休2分1預(準) 優勝は常陸山 7勝0敗1休2分
同年6月 9勝0敗1分(優)
明治44年2月 8勝0敗1分1預(優)
堂々たる2場所連続優勝での昇進ですね。大関時代4場所はいずれも準優勝か優勝。特に横綱昇進直前3場所は無敗というのが恐ろしいです。
大木戸 大阪横綱のため除外
鳳
大正2年1月 7勝0敗1休1分1預(優)
大正2年5月 8勝1敗1分 優勝は太刀山 10戦全勝、準優勝は伊勢ノ濱 9勝1敗
大正3年1月 8勝2敗(準) 優勝は太刀山10戦全勝
同年5月 3勝1敗6休
大正4年1月 10戦全勝(優)
連続優勝どころか、昇進2場所前は勝ち越してすらいません。まあ、休場に関して大らかな時代だったためそれが悪印象とならなかったのかも。そして大関時代の勝率が上記のように高かった事が、昇進に繋がったのかもしれません。
強弁すれば、途中休場した大正3年5月場所をノーカウントとすれば、準優勝・優勝と見れなくもありません。その2場所で見れば、勝率も9割で直前は全勝ですしね。
西ノ海(二代目)
大正4年1月 4勝1敗3休1分1預
同年6月 6勝2敗1休1分 優勝は太刀山 10戦全勝、準優勝は大錦 9勝1敗
大正5年1月 8勝0敗1休1分(優)
昇進2場所前は、何とか勝ち越しといった風情の成績。3場所前は、休みがちで勝ち越しには至らず。なるほど負けは少ないですし、昇進直前には優勝を飾ったものの、「連続優勝かそれに準ずる成績」とは言い難いようです。
大錦卯一郎
大正5年1月 8勝2敗 優勝は西ノ海 8勝0敗1休1分、準優勝は源氏山 9勝1敗
同年5月 7勝3敗 優勝は太刀山 9勝1敗、準優勝は真砂石 8勝1敗1預
大正6年1月 10戦全勝(優)
好成績を重ねて大関を3場所で突破しましたが、昇進2場所前は3番手以下の成績。
栃木山
大正6年1月 6勝3敗1休 ※当時は関脇
同年5月 9勝0敗1預(優)
大正7年1月 10戦全勝(優)
圧倒的な強さで大関を2場所で突破。文句なしの2場所連続優勝です。
大錦大五郎 大阪横綱のため除外
宮城山 大阪横綱のため除外(のち、東西合併で東京相撲に合流)
西ノ海(三代目)
大正11年1月 7勝3敗 優勝は鶴ヶ嶺 9勝1敗、準優勝は栃木山8勝1敗1預
同年5月 0勝0敗10休
大正12年1月 8勝1敗1分(同) 優勝は栃木山 8勝1敗1分
鳳同様、昇進2場所前は休みのため勝ち越してすらいません。彼と同様に休場の場所をノーカウントとすれば、
3番手以下、優勝同点と見る事は不可能ではないかも。もっとも、そう見ても勝率が物足りず、現在からすれば甘い昇進なのは否みようがありません。以前の記事で述べた通り、彼の昇進については当時の番付編成に伴う特殊事情があったようです。
常ノ花
大正12年1月 4勝4敗2分
同年5月 9勝0敗1分1預(優)
大正13年1月 8勝2敗(準) 優勝は栃木山 9勝0敗1分
優勝、準優勝のパターンですね。彼はそれ以前に
大正9年5月 0勝0敗10休
大正10年1月 9勝1敗 優勝は大錦 10戦全勝、準優勝は栃木山 9勝0敗1預
同年5月 10戦全勝(優)
という好成績ながら昇進を見送られた事があります。
玉錦
昭和7年2月 7勝1敗(準) 優勝は清水川 8戦全勝
同年3月 8勝2敗(準) 優勝は沖ツ海 9勝1敗 玉錦は清水川と共に準優勝
同年5月 10勝1敗(優)
同年10月 7勝4敗 優勝は清水川 9勝2敗、準優勝は沖ツ海・高登・瓊ノ浦の9勝2敗
直前場所も悪くはないものの、3番手以下の成績。なぜ5月時点で昇進させなかったかは、謎です。謎といえば、
昭和5年5月 9勝2敗(準) 優勝は山錦 11戦全勝、玉錦は大ノ里と共に準優勝
同年10月 9勝2敗(優)
昭和6年1月 9勝2敗(優)
同年3月 10勝1敗(優)
という3連覇を含めた凄まじい成績の時期に昇進できなかったのは不思議としか言いようがありません。そして、それだけ厳しく見送ってきた割に3番手以下の成績で昇進させるのも不思議。昇進基準が不明瞭だったが故に泣かされた人物だったのは間違いなさそうです。
武蔵山
昭和9年1月 8勝3敗(準) 優勝は男女ノ川 9勝2敗 武蔵山は幡瀬川・大邱山・海光山・綾昇と共に準優勝
同年5月 9勝2敗(準) 優勝は清水川 11戦全勝 武蔵山は玉錦と共に準優勝
昭和10年1月 8勝2敗1分 優勝は玉錦 10勝1敗、鏡岩が優勝同点
同年5月 9勝2敗(準) 優勝は玉錦 10勝1敗、武蔵山は綾昇と共に準優勝
昇進2場所前が3番手以下。準優勝は多いのですが、優勝同点がなく勝率も物足りず。安定した成績を残していたとはいえ、現在からすれば甘い昇進なのは否みようがなさそうです。
男女ノ川
昭和10年1月 9勝2敗 優勝は玉錦 10勝1敗、鏡岩が優勝同点
同年5月 8勝3敗 優勝は玉錦 10勝1敗、準優勝は武蔵山・綾昇 9勝2敗
昭和11年1月 9勝2敗(準) 優勝は玉錦 11戦全勝 男女ノ川は双葉山と共に準優勝
こちらも、2場所前が3番手以下で、勝率も物足りず。やはり甘い昇進です。なお、横綱昇進を決めた1月場所の7日目から、双葉山の69連勝が始まっています。
以上を分類すると、
2場所連続優勝:
太刀山、栃木山 計2名
優勝・準優勝(もしくはその逆):
常ノ花 計1名
※強弁すれば、鳳をこれに準ずる事ができるか?
直前2場所に3番手以下の成績が混じっている:
鳳(※)、西ノ海(二代目)、大錦、西ノ海(三代目)、玉錦、武蔵山、男女ノ川
「2場所連続優勝もしくはそれに準ずる成績」という観点から見ても、双葉山より前の時代は横綱昇進基準がかなり曖昧なのが改めて分かりました。3番手以下の成績が直前2場所に混じっている人の方が多数派かと思えば、その一方で玉錦の3連覇など好成績にもかかわらず見送られるケースもあったりしますからね。
双葉山時代というのは、大相撲の歴史において色々な意味で画期だったのが改めて実感できる話ですね。
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by trushbasket
| 2017-05-24 20:22
| NF








