2017年 06月 11日
北畠氏と「風林火山」~顕家?それとも親房?~
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現在、BSプレミアムで大河ドラマ『風林火山』の再放送がなされています。
関連サイト:この「風林火山」という題名は、主人公・山本勘助が仕えた戦国大名・武田信玄が用いた軍旗に由来するのは多くの方が御存じかと思います。すなわち兵法書『孫子』の一節「疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山」を旗に記したといわれています。
「NHKオンライン」(http://www.nhk.or.jp/)
「大河ドラマ 風林火山」(http://www4.nhk.or.jp/P266/ )
さて、この『孫子』の一節、武田信玄よりも先に南北朝期の武将・北畠顕家が用いたという話を耳にしたことがあります。しかし、それに関する論拠を知り得ませんでした。
とはいえどうやら全く根も葉もない話でもないようです。大阪の阿部野神社は、顕家の南朝への忠節を顕彰するため、彼とその父・親房を祭神として創建された神社です。その神社に、親房が用いたと伝えられる軍旗が残されているそうです。そしてその旗には、日輪を著したと思しき円の右側に「疾如風 徐如林」、左側に「侵掠如火 不動如山」(括弧内は『ピクトリアル足利尊氏 南北朝の争乱』学研 95頁)と記されているのです。この旗の写真は、上記の通り『ピクトリアル足利尊氏 南北朝の争乱』(学研)という書物の95頁に掲載されていますので、もし該当書を見かけられた方はご覧いただければと存じます。
確かに、南北朝期の北畠氏が「風林火山」を記した旗を使っていた可能性を示す一品です。もっとも、見る限りでは用いたのは顕家でなく父・親房のようにも思われますね。顕家が用いていた、という根拠を何か御存じの方がおられましたら、御教示いただければ幸いです。
余談ながら、伝統貴族出身の北畠氏が『孫子』を知っている事は、不思議ではなくむしろ自然であると思われます。親房は宮廷官職の故実を示す『職原抄』を著すなど学識豊かな人物。また、平安後期の事ではありますが、名将・源義家が朝廷の碩学・大江匡房から兵法の秘伝を学んだという逸話も残されています。朝廷の教養に富んだ伝統貴族が重要漢籍である『孫子』に明るいのは自然ですし、彼らが戦陣に臨もうとしたならば、その教えをもって示威に用いようというのは十分理解できる話ではあります。
【参考文献】
『大辞林』三省堂
『ピクトリアル足利尊氏 南北朝の争乱』学研
加藤徹『漢文の素養』光文社新書
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歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
南北朝関連の発表は「南北朝関連発表まとめ」を御参照下さい。
by trushbasket
| 2017-06-11 19:44
| NF








