2017年 09月 17日
童貞が神聖視された一例をもう一つ~食糧の扱いと性的潔癖~
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どうも、松原左京です。性的に潔癖である事が神聖視されるのは、世界的に見て割に普遍的な現象です。神聖といえば、人間が生きるに欠かせない食物が神聖視されるのも珍しくありません。今回は、二つの「神聖視」が結びついた現象の例についてお話してみようかと思います。
イギリスの人類学者・民俗学者フレーザーは、世界各地の宣教師から集めた資料を整理し、そこから呪術や宗教の起源について論じた事で知られています。主著は『金枝篇』。なお、彼の著作は現在では様々に批判も受けているようですが、世界各地の風習などを多数収載した貴重なデータである事は間違いありません。今回は、その著作の一つ『悪魔の弁護人』を見る事にします。以下、引用は本書によります。
アフリカ大陸には農産物を扱うにあたり性的潔癖を重んじた人々が少なくとも一部にはいた、そうフレーザーは述べています。曰く、
性的道徳の破壊は自然の運行を妨げ、とくに土地の実りを衰弱せしめると信じられている
とのこと。淫行を禁じるような風習などの事例があげられていたりしますが、以下では童貞に関係した話を少し見てみましょう。
南アフリカはバストランドの人々には、
穀物が外にひろげられてある間、すべての汚れた人間は細心の注意をもってそこから遠ざけられる。
という風習があったそうです。なお、この「汚れ」というのは「不貞の罪」がそうであると推定されています。というのは、彼らの風習には以下のようなものもあったとされるからです。
子供の生まれたときに木片の摩擦によって新火をその家におこす習慣があり、これは童貞の若者によってなされねばならないとされているのでさる。ところで、童貞を失ったあとで偽ってこの神聖な役目を引き受けた者は、天寿を全うすることができず、かならず夭折すると信じられているからである。
穀物に関しても、おそらくは同様なのだろうとのこと。
なおモロッコにも同様な価値観があるようで、
穀倉にはいる者は誰でもまず履き物をぬがねばならず、性的に清潔でなければならないとされている。もし不潔な者がそこにはいれば、穀物がその祝福された力を失うばかりでなく、彼自身も病気になるといわれている。
とのことです。
今回取り上げた事例のどこまでが、正確な事実を記録したものであるか。それは、恥ずかしながら私には分かりません。ただ、性的な潔癖が、食糧の扱いという神聖な仕事において求められる傾向が一部地域にはある、少なくともそう外部から観察されたというのは信じてよいのではないかと。「童貞」が時に神聖視される、というのはやはり地域を問わないもののようです。
参考文献:
J・G・フレーザー 永橋卓介訳『悪魔の弁護人』グーテンベルク21
『日本大百科全書』小学館
J・G・フレーザー 永橋卓介訳『悪魔の弁護人』グーテンベルク21
『日本大百科全書』小学館
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by trushbasket
| 2017-09-17 14:40
| 松原左京









