2017年 12月 06日
新石器時代の人類は、生涯童貞男子が当たり前?~「童貞」が異例な事自体、生物として珍しいのかも~
|
さて、今回は改めて人類に視点を戻してみます。下記記事によれば、2015年に興味深い研究結果が発表されたそうです。
関連サイト:
「WIRED.jp」(https://wired.jp/)より
「新石器時代に生殖できた男性は「極度に少なかった」」(https://wired.jp/2015/11/10/neolithic-culture-men/)
問題の結果を発表したのは、エストニアの研究グループ。2015年3月、彼らが学術誌『Genome Research』に発表した論文によれば、「約8000年前の新石器時代、自らの遺伝子を残す事ができたのは女性17人に対し、男性は1人だった」というのです。世界各地から456人を選び出しY染色体データ(父親から男性に伝えられる)とミトコンドリアDNA(母親から子供に伝えられる)のデータを分析したところ、そんな結果が出たのだそうで。
その背景について、研究チームは時期が「新石器革命」すなわち農業・牧畜開始や輸送技術発達など人類史に大きな画期であった点に注目。この大きな変化が、男性間で激しい格差を生んだのが一因ではないかと推測しているそうです。
動物全体から見ても、人類史をふりかえっても、「生涯童貞じゃないのは当たり前」という状態はむしろ異例というべきものかもしれません。そんな可能性を思わせる話でした。無論、「なんだかんだで子孫を残せる、もしくは生殖活動を経験できる個体が多数を占める」と一般に認識される状況は、その生物にとって基本的に良いことではあるのでしょう(※)。そうした状況は、「個体が生きやすい環境」を意味する可能性も高いでしょうしね。しかしながら、だからといって「生殖活動を経験できない個体は出来損ない」という空気が生じるのはどうかと思います。
思えば、今回取り上げた話は、「生殖活動を経験できるか否か」というのが環境に左右される面も大きい、という極端な一例だと言えます。動物全体を概観し、人類史を長い視点で見渡す事で、「生涯童貞の個体が一定数出るのは織り込み済みの、当然の事態」「生殖活動を経験するか否かは、環境や運にも左右されるもので、個体の優秀さを必ずしも意味するものでは無い」という認識が広く共有されたなら、この世の生きづらさを多少なりとも軽くすることはできるのではないか。そう思います。
※今度は個体数の過剰な増加など別の問題が生じはするのでしょうが。
by trushbasket
| 2017-12-06 20:43
| 松原左京









