2017年 12月 17日
「童貞」という語がマイナスの意味合いで用いられる事例を見てみた~性体験の有無は、実はあまり関係ない?~
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どうも、松原左京です。現在の日本では、一定年齢以上で童貞である事は忌避され、そうした人は生きづらい思いをしているのが実情です。昔よりかなりましになっているとはいえ。その生きづらさを少しでも改善できないか、というのが『童貞の世界史』を執筆した大きな動機の一つです。
こうした童貞忌避の風潮からか、今日では「童貞」という言葉自体がマイナスの意味合いで用いられる事例も少なくありません。今回、そうした具体例を少し見てみましょう。詳細は、リンク先をご参照のほどを。
関連サイト:
「ネタりか」(http://netallica.yahoo.co.jp/)より
「「会社を好きになってくれる学生がほしい」企業は童貞?ツイートが話題」(http://netallica.yahoo.co.jp/news/20161130-79374184-sirabee)
「grape」(https://grapee.jp/)より
「「日本の新卒採用は童貞っぽい」 その理由に納得の声」(https://grapee.jp/425496)
「幻冬舎plus」(http://www.gentosha.jp/)
「中年童貞とメンタル童貞」(http://www.gentosha.jp/articles/-/3084)
見る限り、これらの用例では
相手の人格を尊重できず、相手に独自の意志や価値観がある事を理解できず、こちらの願望や欲求を一方的に押し付ける
といったありようが「童貞っぽい」と評されているようです。…ひょっとしてこれ、実際の性体験の有無は余り関係なかったりします?たとえ童貞の人にそんな特徴が目立つ印象があるとしても。現に、「中年童貞とメンタル童貞」では
「女を一人の人間としてカウントできない男」は、みんなメンタル童貞だと思います。既婚者でも子持ちでも、メンタル童貞はたくさんいますよ。
という発言もありましたし。
これらの問題意識は理解・共有つつも、ここであえて一言させていただきます。御容赦ください。
ここで「童貞っぽい」「メンタル童貞」と称される心のありようが、大いに問題なのは私も異論ありません。しかし、そうしたメンタルの人が全て童貞とは限らないのと同様、童貞の人が全てそんなメンタルでいる訳でもない。
これまで何度も述べてきたように、童貞の人々の中には無性愛の人々や性愛欲求が希薄な人々も少なからず存在しています。それも考慮すると、この手の問題における性愛の占める割合を過大評価しないようお頼みしたいのですが、どうでしょう。本ブログで最早おなじみとなった
ここで「童貞っぽい」「メンタル童貞」と称される心のありようが、大いに問題なのは私も異論ありません。しかし、そうしたメンタルの人が全て童貞とは限らないのと同様、童貞の人が全てそんなメンタルでいる訳でもない。
これまで何度も述べてきたように、童貞の人々の中には無性愛の人々や性愛欲求が希薄な人々も少なからず存在しています。それも考慮すると、この手の問題における性愛の占める割合を過大評価しないようお頼みしたいのですが、どうでしょう。本ブログで最早おなじみとなった
人の才や器は人体の一局所の特殊な摩擦経験の有無によって決まるものではない
独りで生きて何が悪い
という我々の決まり文句は、上述の「童貞っぽい」という言葉の用例からも裏付けられるように考えますが、どうでしょう。
という訳で、一つお願いなのですが。こうした「困った人」を表現する際に、「童貞」という語を冠するのはできれば慎んでいただければ、私としては嬉しく思います。御検討いただけますと、幸いです。
さて。無論ですが、この手の「困った人」は今に始まった事ではありません。そして当然、こうした「困った人」は昔も今も童貞とは限りません。一例を挙げますと。満たされない承認欲求を抱え、自分より相手が弱いとみれば、いじめをする。そうした事例は、歴史上でもあるようです。過去記事を振り返ってみますと、そんな「困った人」に関連していそうな話が見つかりました。
関連記事:
「負け組」を軍隊に放り込んだら~矯正施設か社会不安要素か~
「軍隊に入れば美味いものが食える」~続「諸君、私は軍隊が好きだ~徴兵制時代の軍隊への意外な視線~」~
これらの記事から、該当部分を見てみましょう。第二次大戦における我が国の軍隊に関して、下士官や古年兵に関して以下のような証言が残されているそうで。
田舎では軍隊に入れば白米食べ放題、見たこともないライスカレーが出る。給金ももらえる、下士官になれると進んで志願するものがあった。下士官の多くはそれだったのじゃないかな。それが意地が悪くてね、小学校だけだからことに学生上りにつらくあたった。
(山本夏彦『誰か「戦前」を知らないか』文春文庫 130-131頁)
隊内では信任の見習士官、下士官が教育隊より帰隊すると、年次の古い者が殴るか、いやがらせを行い圧えつけようとする。新年次の上等兵は、古年兵の一等兵を指揮出来ない。全く戦国の下剋上そのものであった。これでは敵を前にして何も出来ない。戦闘は弱いはずである。(一ノ瀬俊也『皇軍兵士の日常生活』講談社現代新書 78頁)
聖戦の旗印の許、共に生死をかけて戦わなければならないのに、感情に走って暴力をふるい、我々が神とも尊敬している教官の悪口、そして自分達は一日も早く帰りたがっている。(同書 86頁)
こんな「困った人」たちが軍のクオリティに良い作用をもたらさなかった事については、下記記事も参考になります。
関連記事:
兵士が狼藉に走る時、軍は弱くなる?~パフォーマンスを維持するためには~
おそらくはこれ、日本に限らず割と万国共通の現象ではないかと思います。そして、彼らが皆「童貞」だったとは思えません。郷里には家庭を持っていたケースも多いでしょうし、軍では童貞を捨てる機会と手段には事欠かなかったと想像されます。しかし、それまでのままならぬ人生から、承認欲求が満たされず周囲に攻撃性を振りまき現場を崩壊させる。そうした人々の事例として見ることはできるでしょう。
こうした問題は、彼ら個人に由来する面もあるでしょうし、彼らを受け入れる社会の側による要因もあるでしょう。こうした「困った人」たちは昔から一定数存在したけれど、様々な現代特有の現象に伴って顕在化した。そのように見た方がよいのではないかと思います。
いずれにせよ、以下の事は言えそうです。彼らを笑いものにすることも、「自己責任」として切って捨てる事も、簡単です。しかし、それは彼らに更なるルサンチマンを植えつけ、いっそう先鋭化させる結果にしかならないでしょう。そうなると、社会不安の噴出という形でツケを払わざるを得なくなる。そうした事も、歴史上の事例は示唆してくれます。
それにしても。こうした「困った人」に傷つけられる人を救済し、かつ「困った人」自身も救う。そうした方法はないものでしょうか。確かに、こうした「困った人」をいかに社会が受け入れるかは、実に難問です。余程うまくやらないと、本人も周囲も傷つけ誰も幸福になれない可能性もある。「ベーシックインカム」に前向きな検討を示す向きが世間の少なくとも一部にあるのも、何だか頷ける気がします。
参考文献:
山本夏彦『誰か「戦前」を知らないか』文春文庫
一ノ瀬俊也『皇軍兵士の日常生活』講談社現代新書
関連サイト:
「Books&Apps」(http://blog.tinect.jp/)より
「セクハラおやじや痴漢の存在も、性教育の失敗と言えるのではないか」(http://blog.tinect.jp/?p=41489)
性教育では、相手の性を尊重する事をまず教える必要がある、という話。
「Books&Apps」(http://blog.tinect.jp/)より
「セクハラおやじや痴漢の存在も、性教育の失敗と言えるのではないか」(http://blog.tinect.jp/?p=41489)
性教育では、相手の性を尊重する事をまず教える必要がある、という話。
by trushbasket
| 2017-12-17 12:08
| 松原左京









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