2018年 02月 27日
どこか明恵を思わせる、生涯不犯な戦後の傑僧~永平寺貫首・宮崎奕保~
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どうも、松原左京です。御存じの方も多いかと思いますが、我が国の仏教においては、近代以降は僧侶の妻帯も認められています。しかしながら、それにもかかわらず生涯不犯を貫いた傑僧も少なくありませんでした。『童貞の世界史』や当ブログにおいて、そうした僧侶たちについても時に言及しています。
さて。現代の傑僧として知られた人物にも、「一生不犯を通されました」と称される人物はいます。その一人が、永平寺貫首をつとめ2008年に108歳で遷化した宮崎奕保。
瀬戸内寂聴によれば、宮崎禅師は「端正なお顔立ち」であり「若かりしころはきっとハンサムで女性にもモテたはず」とのこと。実際、若い頃に周囲から魅力的な女性との見合いをさりげなくセッティングされ、危険を悟って厠に立つふりをして寺へ逃げ帰った事もあるそうで。
異性から見ても魅力的であったろう宮崎禅師。にもかかわらず一生不犯を貫いた理由はというと、「お釈迦さまがするなとおっしゃっていられるから」という事だそうです。
(以上、カギ括弧内部は瀬戸内寂聴・池上彰『95歳まで生きるのは幸せですか?』PHP研究所より引用)
宮崎禅師の逸話からは、鎌倉期の傑僧・明恵を連想させるものがあります。美男子であり、女性からもモテた。時には女性から言い寄られたりもしましたが、信仰ゆえに不犯を貫き通した。こうしてみると、宮崎は曹洞宗、明恵は華厳宗と宗派は違えども結構な共通点がありますね。時代が違い、宗派も違えども、堅固な信仰に生きた傑僧の一つの型なのかもしれません。
それにしても。『童貞の世界史』でも触れたように、仏僧には女色・男色に耽る人物も決して珍しくありませんでした。とある歴史家などは、一生不犯であったと言い切れるのは明恵一人だけだと極論する始末。しかし周囲がどうあろうと、法的に婚姻が許されようと、仏の教えに実直に従い一生不犯を守り抜いた僧侶はいつの時代も相応にいたのですね。当たり前と言えば当たり前なのかもですけれど。妻帯を許された近現代ですらかくの如し、いわんや前近代をや。何だか、そう思うと感慨深いものはありますな。
参考文献:
瀬戸内寂聴・池上彰『95歳まで生きるのは幸せですか?』PHP研究所
松原左京・山田昌弘『童貞の世界史』パブリブ
by trushbasket
| 2018-02-27 19:41
| 松原左京









