これまで、しばしば南北朝を題材とした作品を中心に、頼山陽『日本楽府』から
楽府作品を紹介してまいりました。さて、昨今の室町ブームの火付け役といえば、『応仁の乱』(中公新書)。そこで、今回は『日本楽府』のうち応仁の乱を題材としたものをご紹介しましょう。題は『頭戴脚』。
現在の研究成果からすれば、事実と異なる描写も本作には多々あるかと思います。徳川時代の知識人には、応仁の乱がこのように見えていた、という点では参考になるかと存じます。それでは。
頭戴脚
衞左頭。 衞督脚。 汝頭宜戴廼公脚。
拜恩不唯内宴爵。 我有爪兮彼有牙。
細川之水非流弱。 黑風血迸十萬家。
人頭累累八輛車。 西陣東陣日幾戰。
大海以内裂如瓜。 將軍獨闘東山茶。
(坂井松梁編『詠史詩集 日本楽府詳解』青山堂 152-153頁)
<読み下し>
衞左の頭。衞督の脚。汝の頭宜く戴くべし廼公の脚。
拜恩 唯だ内宴の爵のみにあらず。我に爪有り彼に牙有り。
細川之水 流れ弱きに非ず。黑風 血迸る十萬家。
人頭 累累 八輛車。西陣 東陣 日に幾たびか戰ふ。
大海 以内 裂けて瓜の如し。將軍獨り東山の茶を闘す。
<超意訳>
畠山義就の頭に、山名宗全の脚。宗全の威勢を借りるのでなく、頭は己の脚で立たねばならぬ。
義就が受けた優遇は、ただ宴席で将軍から頂戴した盃のみではない。山名の後ろ盾だってそうだ。
しかしながら、我が陣営に爪があるなら、向こうにも牙があって互いに負けはせぬ。
宿敵・畠山政長を支える細川勝元陣営は、川の流れが急なのを思わせるかのように強力だ。
雨嵐を巻き起こす風にあおられるかのように、戦乱がおこって数多くの武家が血を流した。
戦いの結果、首級は車八両分にのぼるほど積み重なり、西軍も東軍も日に何度も戦う有様だ。
天下の内側は、瓜が割けるように真っ二つ。
そんな中、将軍・足利義政は戦乱から目を背けて独り、東山に引きこもって闘茶遊びにふける体たらくだった。
平仄は、下記の通り。○が平声、●が仄声。△は両方可。▲は仄声で韻脚。◎は平声で韻脚。なお、平仄については
こちらを参照ください。
●●○ ●●▲ ●○○●●○▲
●○△△●●▲ ●●●○●●◎
●○○●○○▲ ●△●●●●◎
○○●●●●◎ ○●○●●△●
●●●●●△◎ △○●●○○◎
韻脚は、「脚、脚、爵、弱」の「入声十薬」、「牙、家、車、瓜、茶」の「下平声六麻」。なお、韻については下記サイトで詳細は調べました。
関連サイト:
「韻と平仄を検索するページです」(http://tosando.ptu.jp/kensaku.html)
以下、語句等の解説です。
・衛左:官職「右衛門佐」の略。ここでは畠山義就の事。
・衛督:官職「右衛門督」の略。ここでは山名持豊(宗全)の事。当時における有力者の一人で、義就の後ろ盾。
・廼公:「廼」は「乃」と同義。「乃公」と同じく、おれ、おのれといった意味。
・拝恩:将軍から被った恩義。 ・内宴:将軍を迎えての宴会。
・爵:ここでは盃。 ・細川:ここでは山名宗全と対抗した有力者、細川勝元。
・黒風:雨を呼ぶ風。 ・東山:京都東側の地名。義政はこの地に別荘を構えており、銀閣寺はその遺構。
御存じの方も多いかと思いますが、本作で主題となっている畠山義就は、同族の政長と畠山氏の家督をめぐって争っていました。一時は政長が家督として足利政権の要職にも就いていたのですが、山名を後ろ盾として将軍から赦免を受けたという経緯があります。軍記物語『応仁記』によれば、義就が名誉回復を果たし上洛した直後、屋敷に
右衛門佐イタタク物ガ二ツアル山名ガ足ト御所ノ盃。
(『群書類従 第拾參輯』経済雑誌社 355頁)
と落書が記されたそうです。この作品は、この落書を念頭に置いて作られています。
閑話休題。冒頭でも申し上げましたが、本作で述べられた人物観・「応仁の乱」観は近年の研究結果からすれば事実と異なる点も多々見られます。例えば、畠山義就は「山名の勢威を借り、自分の力で立てない」かのような言われようですが、実際の所は異なります。天下を敵に回しながらも長期にわたって抵抗し、応仁の乱後も自力で独自の勢力圏を作り上げた実績を有する人物です。そして戦乱から逃避したかに言われる将軍・義政も、戦乱を早期に収拾するため努力を続けていた事が指摘されています。残念ながら、なかなか成果が上がらなかったのは事実ですが。
歴史を題材にした文学作品はそれはそれとして楽しみつつ、それをきっかけに関心を持って近年の研究学説にも親しんでいただける人が増えたら、嬉しい限りです。
【参考文献】
坂井松梁編『詠史詩集 日本楽府詳解』青山堂
『群書類従 第拾參輯』経済雑誌社
『日本大百科全書』小学館
『大辞泉』小学館
『角川新字源改訂版』角川書店
菅原武『漢詩詩語辞典』幻冬舎ルネッサンス
呉座勇一『応仁の乱』中公新書
石田晴男『戦争の日本史9応仁・文明の乱』吉川弘文館
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