またまた頼山陽『日本楽府』と南北朝~『剣截箭』 新田さんは苦労人~
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しかしその後の新田氏がたどった道のりは、苦難に満ちたものでした。宿敵・足利氏の社会的実力・軍事力を覆すのは容易ではありません。更に、敵将・足利尊氏は日本史上トップクラスの名将。義貞とて、十分に名将と称するに値する実力の持ち主ではありましたが、流石に分が悪かった。結局、力及ばずして悲劇的な最期を遂げる事となってしまいます。
おまけに、味方に楠木正成・北畠顕家といった規格外の存在がいた事も義貞の悲劇と言えましょう。正成・顕家のわかりやすく華やかな戦果と比較され、後世の扱いでも割を食っている印象です。義貞も尊氏相手に勝ったり負けたりだったり、北陸を制圧したりと結果は出しているのですがねえ。気の毒に。
劍截箭
腰間雙劍繞頤舞。 電光橫截箭如雨。
臣身自許係安危。 臣冑容受賊箭集。
下馬授公公且奔。 報國不唯報公恩。
無奈重瞳却翳昏。 不庇克用庇朱溫。
君不見天子雖醉天不醉。 裔孫却管此天地。
(坂井松梁編『詠史詩集 日本楽府詳解』青山堂 183-184頁)
<読み下し>
腰間の雙劍 頤を繞て舞ふ。 電光 橫に截り 箭 雨の如し。
臣が身は自ら許す安危に係るを。 臣が冑は賊箭の集るを受く容(べ)し。
馬より下り公に授く 公 且く奔れ。 報國 唯だ公恩に報ずるのみならず。
奈(いか)んともするなし 重瞳 却て翳昏。 克用を庇せず朱溫を庇す。
君見ずや 天子醉へると雖も天醉はず。裔孫 却て管す此天地。
<超意訳>
義貞は腰に差した二振の刀をオトガイのあたりで振り回し、剣の光もまばゆく横に切り裂いて雨の如く降り注ぐ矢を切り防ぐ。
臣下たる我が身は危険に身をさらすことを厭わず、我が兜は朝敵の矢を受けてもかまわない。そんな中、小山田高家は己の馬を義貞公にお譲りした。義貞公よ、ひとまずはそれに乗って逃れなさい。高家の振舞はは国に報いるためであり、ただ主君・義貞への恩に報いるためのみではない。
どうしようもないのは、後醍醐が天子たる眼を持ちながらかえって眼力が曇っていた事。同じ武功ある臣下でも、李克用のような忠臣たる義貞でなく、朱全忠のような反逆者たる尊氏を優遇してしまったのだ。
しかし、君よ見なさい。天子に眼力がなくとも天はちゃんと見ています。新田氏の末裔たる徳川氏が、今やこの天地を治めているではありませんか。
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関連サイト:
「韻と平仄を検索するページです」(http://tosando.ptu.jp/kensaku.html)
・腰間:腰に差した
・双剣:二振の剣。ここでは、源氏の宝である「鬼丸」「鬼切」の太刀を差す。
・繞頤舞:オトガイの周囲をめぐって剣が振られる。苦戦する義貞は、この二本の太刀をふるって雨の如く注ぐ矢を切って落としていました。
・電光:稲光のこと。ここでは、刀の輝きをたとえる。
・截:「セツ」と読みます。ずばりと断ち切る事。 ・箭:矢のこと。
・係安危:身を危険にさらす ・冑:兜のこと。ちなみに「甲」は鎧を意味する。
・重瞳:一つの眼球に瞳が二つある事。古の帝王・舜がそれであったと伝わる。そのため、天子の眼を意味する。ここでは後醍醐を指しているが、後醍醐が実際に「重瞳」だったかは別問題。
・克用、朱溫:唐末期・五代初期の武将である李克用と朱全忠を指す。朱温とは、朱全忠の元来の名。いずれも唐末の戦乱「黄巣の乱」鎮圧に功績を立てた人物である。功績によって権勢を握った朱全忠は、やがて唐を滅ぼして簒奪するに到った。この時に樹立されたのが後梁王朝である。一方、李克用も功績により取り立てられたが、やがて朱全忠と激しく対立。唐の再興を掲げて対抗したが、やや劣勢であったようだ。なお、子の李存勗は後梁を滅ぼし、後唐王朝を建国している。ここでは、北条氏を滅ぼすのに功績があった足利尊氏・新田義貞をこの二人にたとえている。やがて後醍醐に背く事となった尊氏が朱全忠、これと対立するも苦戦した義貞を李克用に相当させている。
更に言えば、尊氏が後醍醐と袂を分かつ事になったのは結果論。尊氏としても不本意な成り行きでした。何かが一つ違っていれば、尊氏が建武政権の柱石になっていた世界線がなかったとは言えません。…足利の軍事力が朝廷を凌いでいるのを考えると、厳しい気もしますが。もっと言えば、「新田と足利が、色々摩擦は有りながらも後醍醐の下でなんだかんだ共存していく」というイフも、条件によってはありえなくはないとも思います。
【参考文献】
坂井松梁編『詠史詩集 日本楽府詳解』青山堂
『日本大百科全書』小学館
『大辞泉』小学館
『角川新字源改訂版』角川書店
菅原武『漢詩詩語辞典』幻冬舎ルネッサンス
兵藤裕己『太平記』(三) 岩波文庫
大町桂月校訂『太平記 第2編』至誠堂書店
久保天随釈義『古文真寳新釋』東京博文館
砺波護『馮道 乱世の宰相』中公新書
村松剛『帝王後醍醐』中公文庫
亀田俊和『南朝の真実 忠臣という幻想』吉川弘文館