今回もまた、南北朝関連の作品を頼山陽『日本楽府』から見ていこうかと思います。今回扱うのは、吉野にこもる南朝を題材にした『烏頭白』という作品。
足利方によって政権を奪われ、吉野に逃れて再起を図る南朝の人々。しかし「南風競わず」と言われるように戦況は圧倒的不利でした。次第に逼塞していく時期の話として、『南朝太平記』巻第十六は以下のような逸話を伝えています。南朝の君臣が夜もすがら宴を催した時の事。夜明け前に、山烏の声が聞こえたので四条隆資は
還幸と鳴くや芳野の山烏かしらも白し面白の夜や
(『国史叢書 南朝太平記』国史研究会 320頁)
<超意訳>
「かっこう」という鳴き声が、帝が都に戻れるすなわち「還幸」と言っているように聞こえる吉野山の山烏よ。頭が白いのだから、さぞかし尾も白いであろう。実に興深い夜だ。
と詠みました。この機知に富んだ縁起の良い歌に、南朝・後村上天皇も喜んだとのこと。
なお、『南朝太平記』は馬場信意なる人物によって徳川中期に作成された書物ですので、この逸話の信憑性はきわめて疑問。しかしながら、山陽の詩にもモチーフとして用いられているあたり、当時は人口に膾炙したものだと思われます。では、そろそろ『烏頭白』本文を見ていきましょう。
烏頭白
烏頭白。
白頭北望舊京路。烏飛可到唯咫尺。
南山北山君奚擇。七道山河皆王迹。
王子手握征東軍。盍擊鴟梟覆巢宅。
鳥頭雖白。鳥尾不白。
唯見山花萬疊白。
(坂井松梁編『詠史詩集 日本楽府詳解』青山堂 137頁)
<読み下し>
烏頭白し。
白頭北望す舊京の路。鳥飛んで到るべし 唯だ咫尺。
南山北山 君 奚(なん)ぞ擇(えらば)ん。七道の山河 皆 王迹。
王子手づから握る征東の軍。盍(な)んぞ鴟梟を撃つて巢宅を覆へさざる。
鳥頭白しと雖も。鳥尾白からず。
唯だ見る山花萬疊の白きを。
<超意訳>
カラスの頭が白い。これは都へ帰れる前兆であろうか。
老いて、件のカラス同様に頭が白くなった廷臣たちは、懐かしい京の都への道を思い北方を眺める。
カラスが飛んで京にいたることはできるだろう、ほんのわずかな距離があるだけだから。
南朝だとか北朝だとか、君よなぜ選ぼうとするのか。
全国の山河はいずこも帝が治める地ではないか。
南朝の親王が自ら東方を征伐する軍を率いているのだ。
どうして、フクロウのごとく悪逆な足利方を討伐し、その拠点を転覆しないのか。
隆資の歌とは異なり、カラスの頭は白くとも、尾は白くはなかった。そして面白くは事態は運ばなかった。
結局京を回復できず、ただ果てしなく広がっている吉野山の桜の花が白く咲き誇るのを見るばかりである。
平仄は、下記の通り。○が平声、●が仄声。△は両方可。▲は仄声で韻脚。◎は平声で韻脚。なお、平仄については
こちらを参照ください。
●○▲
●○●△●○● ●○●●△●▲
○○●○○○▲ ●●○○○△▲
△●●●○○○ ●●○○●△▲
●○○▲ ●●△▲
△●○○●●▲
韻脚は、「白、尺、擇、迹、宅、白、白、白」の「入声十一陌」と思われます。韻脚が一種類のみなので、「一韻到底」に分類されます。なお、韻については下記サイトで詳細は調べました。
関連サイト:
「韻と平仄を検索するページです」(http://tosando.ptu.jp/kensaku.html)
以下、語句を適宜解説していきます。
・烏頭白:カラスの頭が白い。上述の逸話は、中国の故事を踏まえている可能性がある。後述。
・白頭:上述した白い頭の烏という意味だけでなく、老いて頭髪が白くなった南朝廷臣も意味していそう。
・北望:北方を眺める。吉野から見て、京の都は北に当たる。
・舊京:かつての都。ここでは、京都を意味する。
・咫尺:距離が非常に近い事。周王朝時代の長さで「咫」は八寸、「尺」は十寸。
・南山:南朝、もしくはその所在する吉野。
・北山:北朝、もしくはその所在する京都。
・七道:東海道・東山道・北陸道・山陰道・山陽道・南海道・西海道のこと。おそらく、転じて全国。
・王迹:王の治める地。「迹」は足跡の意。
・王子:東国で奮戦する宗良親王、九州を平定しようとする懐良親王らを指すか。いずれも南朝方の大将として各地を平定しようとしていた。
・鴟梟:フクロウのこと。悪人を喩えて言う。ここでは足利氏を指す。
・巣宅:鳥の巣。ここでは、足利方の拠点を意味する。
・山花:ここでは、吉野山の桜。
・萬疊:果てしなく広い事。
なお、『詠史詩集 日本楽府詳解』の解説は、白頭の烏という事で、古代中国における一つの伝説についても言及していました。四条隆資が「かしらも白し」と述べたという話も、この故事を踏まえている可能性があります。という訳で、その故事についても概説しておきましょう。
戦国時代末期のこと。弱小国・燕の太子である丹は、強国・秦に人質となっていました。しかしその扱いは屈辱的なもので、誇りを傷つけられた丹は帰国を願い出ます。しかし、秦王の返事は
令烏白頭、馬生角、乃可許耳
(佚名著『燕丹子』朔雪寒より)
<超意訳>
カラスの頭が白くなり、馬に角が生えたなら、その時は許可してやろう。
という無茶なもの。実質的な拒絶でした。しかし丹の思いが通じたのでしょうか。その白い頭のカラスや角が生えた馬が見いだされ、秦王も先に約束した手前、帰国を許可せざるをえなくなったのです。
なお、この逸話は『史記』には見られません。「燕召公世家」にも「刺客伝」にも。それを考慮し、更に話の内容も考えると、これはおそらく後世の作り話かと思われます。この逸話を確認する上で僕が参照したのは、漢代の小説『燕丹子』です。
さて。この逸話を踏まえ、『詠史詩集 日本楽府詳解』は論評して曰く、
南山の君臣は、烏頭の白きを見つつ、猶還ることを得ざるは、其意、一時の安楽を希(こひねご)ふに過ぎざればなり、故に忽ち覆して忽ち失ふ所以なり。
(坂井松梁編『詠史詩集 日本楽府詳解』青山堂 139頁)
とのこと。
相変わらず、結構踏み込んだ発言をする解説ですね。まあ、この時点における南朝の圧倒的劣勢ぶりを考えると、君臣の志のありように関係なく詰んでいる気がしなくもないですが。
【参考文献】
『国史叢書 南朝太平記』国史研究会
坂井松梁編『詠史詩集 日本楽府詳解』青山堂
『日本大百科全書』小学館
『大辞泉』小学館
『角川新字源改訂版』角川書店
菅原武『漢詩詩語辞典』幻冬舎ルネッサンス
佚名著『燕丹子』朔雪寒
『標註史記読本 六 自呉太伯世家 至衛康叔世家』広済堂
『標註史記読本 十四 自范雎蔡沢伝 至刺客伝』広済堂
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