2018年 05月 02日
<言葉>「世間虚仮 唯仏是真」~世の中の虚しさを嘆きつつも…~
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『金田一少年の事件簿』という漫画作品を御存じの方も多いかと思います。推理漫画ブームの先駆けを為す作品であり、たびたびドラマ化やアニメ化もされた人気作品で、現在も外伝やら続編やらが連載されています。
さて、この作品における最初の事件において、『オペラ座の怪人』中の台詞としてこんな言葉が引用されていました。
この禍禍しき 怪物は 地獄の業火に 焼かれながら それでも天国に 憧れる!
(原作・天樹征丸・金成陽三郎、漫画・さとうふみや『金田一少年の事件簿 オペラ座館殺人事件』講談社文庫 53頁)
世間のあれこれに振り回され苦しめられ、その中で自分自身の汚いエゴやらどうしようもない業やらもつきつけられ…。それでも、「美しい」何かを求めずにはいられない。そんな心境でしょうか。
上記の台詞のように、世間やらの汚さに厭悪の念を抱く一方で、「美しいもの」を希求する思いはやまない。そんな心情を表す言葉が、古代日本にもありました。それがすなわち
世間虚仮 唯仏是真
という八文字です。
その意味はといえば、「この世のすべては仮のもの、幻のようなもの。仏の教えだけが真実である」というもの。これは、『天寿国繡帳』に記された言葉で、厩戸皇子、いわゆる聖徳太子が残した発言とされています。なお、厩戸皇子の事跡に関しては史学的に色々論議があるようですが、今回は本題ではないのでそれには触れません。
「世間虚仮」と述べた聖徳太子の心情についてですが、
だが、世間はそれほど頼りになるか!?とかく世間というものは、是非・善悪・益害・美醜・損得・正邪……等々の価値判断の基準をころころと変える。昨日まで善とされていたことが、今日は悪とされる。今日の勝利が明日の敗北になる。そんなことはざらにある。そんなものに付き合ってはおれんわ
(ひろさちや『日本仏教史』河出書房新社)
というものであったろうと仏教学者・ひろさちや氏は述べています。伝承通りなら、太子は政治の表舞台で、人間の最も汚い部分も散々目の当たりにしたでしょうしね。さもありなん、という気分です。なお、この「仏」を文字通りに取る事は現代人には難しいかもしれません。それでも、「何か美しいもの」「何か真実と呼べるもの」と読み替えれば、現代でも通じなくもないかも。
現在も、世間のニュースを見る限り、世間のあれこれの空しさを感じる事は多いかと思います。己自身の小ささ・汚さに辟易する事もあるかと思います。宗教の影響が小さくなった21世紀日本ではありますが、状況によってはこの言葉が胸にしみる時はままあるように思われてなりません。
さて。ともすれば、現実逃避のようにも思えがちなこの言葉。解釈によっては、非常に前向きな捉えようもできなくはありません。禅の教えを説いているとされる「禅語」には、「仏は己の中にこそある」「自分自身の主体性を常にしっかり確立させ目覚めさせろ」といった内容の言葉も多々あります。そこから考えれば、「明日どうなるかもしれず、あてにならない世間のあれこれに振り回されるな。己の内にある仏を自覚しろ。自分をしっかり持って、主体性を持って生きろ」という教えを読み取ることもできそうです。
読み取り方によって、違った顔を見せるようにも思われる仏教の名言。なかなか、奥が深いようです。
【参考文献】
原作・天樹征丸・金成陽三郎、漫画・さとうふみや『金田一少年の事件簿 オペラ座館殺人事件』講談社文庫
『大辞泉』小学館
ひろさちや『日本仏教史』河出書房新社
有馬頼底著『やさしくわかる茶席の禅語』世界文化社
by trushbasket
| 2018-05-02 20:12
| NF








