2018年 05月 06日
とある恋愛・結婚適性の低い作家さんの話~ストリンドベリと「女性嫌い」~
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どうも、松原左京です。恋愛離れ・結婚離れが少子化という側面からも問題となっている昨今。しかしながら、周囲のお膳立てなどで結婚させてしまえば万事解決か、と言えばそうではないのは勿論のこと。そんな話を、先週にいたしました。
今回は、結婚すれば解決、どころか結婚を契機に有名な女性嫌いとなってしまった事例についてお話いたそうかと思います。その人物の名は、アウグスト・ストリンドベリ(1849-1912)。高名なスウェーデンの作家です。
彼は19世紀後半のスウェーデン文学界に同国初とされる自然主義小説『赤い部屋』や、自然主義劇『父』『令嬢ジュリー』といった作品で颯爽とデビューした存在でした。一方で彼は、「例の女嫌ひ」(成瀬無極『文芸百話』第一書房 387頁)と戦前の本に書かれているように、女性嫌悪者としても有名な人物だったのです。
具体的な発言を見ると、何しろ「人面獣心の半猿の、半開動物」だの「智識に於ては劣等だが、道徳心の缺乏に於ては優等である」だのと好き放題な書きようをしている訳ですから、呆れ気味に「極端なる女嫌ひ」と評されるのもやむを得ません(括弧内は日高只一『英米文芸随筆』日本書荘 249頁より)。
そんなストリンドベリ、何も知らないで見ると「そこまで女性嫌いだったのだし、生涯不犯でもおかしくない」と思ってしまうかもしれません。『童貞の世界史』でも触れたように、イギリス程ではないにせよスウェーデンも童貞偉人の姿が割と目立つ国ですから尚更のこと。
ところが実のところ、彼の女性嫌いは
二度三度妻を娶つて、幾度か欺かれ、予想に反したる為め(同書 同頁)
というもののようです。田中香涯も「自己の事情境遇から女嫌ひになつたもの」(田中香涯『医事雑考 妖・異・変』鳳鳴堂書店 100頁)と評しています。
事実、年譜から種明かしを致しますと、ストリンドベリは1870年代、近衛士官の妻であったシリ・フォン・エッセンなる女性と恋愛関係になり1877年に結婚しましたが、1891年に離婚。まもなく二度目の結婚をしていますが、これも程なく破綻した結果、「地獄時代」と評される荒廃した精神状況に陥ったのだそうです。やがてキリスト教的な神秘主義によって精神の救済を見いだして『ダマスカスへ』などの作品を残しているそうです。
なお、1901年には若い女優と再婚しています。
なお、1901年には若い女優と再婚しています。
という訳で、ストリンドベリの女性嫌いな言動は、結婚の相次ぐ失敗によるショックによるものであったようです。ありふれた話と言えばそうですが、言語表現に優れ知名度の高い作家であったが故にその言動が広く知られ残ったものでしょう。
とはいえ、彼の生涯から教訓を読み取ることは不可能ではなさそうです。すなわち。結婚させてしまえば万事解決ではなく、巡り合わせやら適性やらをもし欠いていた場合には、誰も幸せにしない結果になりかねない。当たり前の話ではありますが、その再確認材料にはならなくもないかと。
参考文献:
『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』ロゴヴィスタ
成瀬無極『文芸百話』第一書房
日高只一『英米文芸随筆』日本書荘
田中香涯『医事雑考 妖・異・変』鳳鳴堂書店
成瀬無極『文芸百話』第一書房
日高只一『英米文芸随筆』日本書荘
田中香涯『医事雑考 妖・異・変』鳳鳴堂書店
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by trushbasket
| 2018-05-06 12:36
| 松原左京









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