2018年 06月 17日
永井荷風から学ぶ、「働かない生活」の過ごし方~無為の中に精神を飲み込まれないために~
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僕が、「ニート」という言葉を初めて見聞してから十数年になります。「ニート」を始めとして「働かない、働けない」人々は昔から一定数いたのでしょうが、近年は経済的苦境もあってか大きな社会問題として注目されています。
さて、労働によって苦しい思いをする人が多々いる世の中のこと。一見すると、「働かない生活」は羨ましく見えるかもしれません。しかしながら、収入がない故の経済的不安があるのはもちろん、それ以外にも環境的に精神面をむしばむ危険があるのだそうです。少なくとも働かない生活には向き不向きがあり、精神的に耐えられない人の方が多いと推測されているようで。
関連サイト:
「いいところネット」(https://iitokoronet.com/)より
「生命の性質上ひまなニート生活が苦しいだけと言える4つの理由 」(https://iitokoronet.com/2016/03/11/post-8094/)
「人生奥義」(https://jinseiougi.com/)
「「ニートに向いている人・向いていない人」ニートの実態から学ぶ」(https://jinseiougi.com/neet-suitable-unsuitable/)
上記で指摘されている危険を克服するには、社会復帰が一番なのかもしれません。しかし、そう簡単に復帰できれば苦労はありません。それに、周囲と同様に働いてこそ、という価値観を強制するのも世の中窮屈になってどうかと思います。そこで、あるいは次善の策かもしれませんが、今回は「働かない生活」でも一定の精神的健康を保ちつつやり過ごしていく方法を考えてみたいと思います。近現代において「働かない」生活を長年経験した歴史上人物といえば、思い浮かぶのは文豪・永井荷風。まあ、荷風はそんな生活の中でも文筆活動はしていましたので、厳密には「働かない」とは言えないかもしれませんけど。
率直に申し上げまして。荷風の生涯は、総合的に見ると「真似しない方がよい大人」と判断されがちな代物なのは間違いないでしょう。しかしながら、数十年にわたり「定職につかない」「極力人付き合いをしない」偏屈な生活を続けつつ生涯を泳ぎ抜いたのもまた事実。その生活を詳細に見ると、部分部分で参考になるところがあるんじゃないでしょうか。そこで、荷風の生活ぶりから思いつくままに、見習って良さそうな部分を箇条書きにしてみたいと思います。
ただし、留意すべき点があります。荷風は資産家の家庭に生まれ、保有する株の配当や利子で生活できたような富裕な身の上の人物です。加えて、気ままな生活に入った時点では彼自身も已に文学者として名声を得ていました。そのため、基本的に経済的な不安はない状況でしたから、現代の我々がそのまま参考にする事はできないかもしれません。御了承ください。
ただし、留意すべき点があります。荷風は資産家の家庭に生まれ、保有する株の配当や利子で生活できたような富裕な身の上の人物です。加えて、気ままな生活に入った時点では彼自身も已に文学者として名声を得ていました。そのため、基本的に経済的な不安はない状況でしたから、現代の我々がそのまま参考にする事はできないかもしれません。御了承ください。
・日記をつける、日課を作る。
荷風が、死の前日まで日記『断腸亭日乗』をつけていたのは有名ですね。日記は一日を振り返るきっかけになりますし、ルーチンの日課を作る事は精神にも生活にもメリハリを与えてくれます。また、下でも記すように、日記をつけることで周囲の世界に関心を持ちやすくもなるでしょう。外の世界に関心があれば、己の世界に閉じこもって精神が閉塞することは防ぎやすくなると思います。荷風も、季節の移り変わりや世間の動向に関してのアンテナは張り巡らせていた事が日記からはうかがえます。
・日々の出費をしっかり管理し、引き締められるところは引き締める。
基本的に、まとまった収入がない生活になります。そのため、手持ちの資産を切り崩す形になるので己の経済状況についてはどれだけ敏感であってもあり過ぎと言うことはないでしょう。
荷風は、基本的に財布の紐がかたく、不要な物は買わないのを原則としていました。身の回りの物は自身であつらえ、購入した物も適宜修繕するなど物持ちよく使っていました。衣服も、ほころびの直しやボタン付けは自身で行っていたそうです。なお最晩年には電話やガスをひかず、更に電力会社への支払いを渋って不便さをも甘受するといったような、吝嗇と称すべき部分もあった模様。
ただし、切り詰める一方だと精神も追い詰められていきます。なので、どうしても譲れない部分には、金をかけるのもありかと思います。荷風に関して申しますと、彼はコーヒーを非常に好んでおり、たとえ高価であろうがやめることはなかったといいます。また、大切な物の場合、品質に納得できれば少々値が張っても同じ店で同じ物を購入する事はままあったようです。店や品物が信頼できるかどうかを重視したわけですね。「安物買いの銭失い」という言葉がある事も考えますと、これも長い目で見ると経済的に賢明なやり方かもしれません。
基本的に、まとまった収入がない生活になります。そのため、手持ちの資産を切り崩す形になるので己の経済状況についてはどれだけ敏感であってもあり過ぎと言うことはないでしょう。
荷風は、基本的に財布の紐がかたく、不要な物は買わないのを原則としていました。身の回りの物は自身であつらえ、購入した物も適宜修繕するなど物持ちよく使っていました。衣服も、ほころびの直しやボタン付けは自身で行っていたそうです。なお最晩年には電話やガスをひかず、更に電力会社への支払いを渋って不便さをも甘受するといったような、吝嗇と称すべき部分もあった模様。
ただし、切り詰める一方だと精神も追い詰められていきます。なので、どうしても譲れない部分には、金をかけるのもありかと思います。荷風に関して申しますと、彼はコーヒーを非常に好んでおり、たとえ高価であろうがやめることはなかったといいます。また、大切な物の場合、品質に納得できれば少々値が張っても同じ店で同じ物を購入する事はままあったようです。店や品物が信頼できるかどうかを重視したわけですね。「安物買いの銭失い」という言葉がある事も考えますと、これも長い目で見ると経済的に賢明なやり方かもしれません。
・身の回りの始末はしっかりする。
世間から見てきちんとしている事が無論最善でしょうが、そうでなくとも自分にとって快適な空間を保つ努力は惜しんではなりません。そのためには、日々の家事も己のペースでしっかりする事が肝要です。家事という「やるべきこと」がある状況は、格好の「暇つぶし」になります。
荷風も部屋の片付けなどには割合と無頓着だったようですが、一方でひとり暮らしゆえに物品調達には意を配り、戦中戦後などは食料調達の買い出しや自炊もしていたようです。また、最晩年には調度を必要最小限にしぼり、(他人から見れば整頓しているとは見えないにせよ)過ごしやすい空間を作り上げていたといいます。
世間から見てきちんとしている事が無論最善でしょうが、そうでなくとも自分にとって快適な空間を保つ努力は惜しんではなりません。そのためには、日々の家事も己のペースでしっかりする事が肝要です。家事という「やるべきこと」がある状況は、格好の「暇つぶし」になります。
荷風も部屋の片付けなどには割合と無頓着だったようですが、一方でひとり暮らしゆえに物品調達には意を配り、戦中戦後などは食料調達の買い出しや自炊もしていたようです。また、最晩年には調度を必要最小限にしぼり、(他人から見れば整頓しているとは見えないにせよ)過ごしやすい空間を作り上げていたといいます。
・気の合う人々との繋がりは大事にする。
荷風は人間嫌いとして知られており、文壇とも基本的に距離をとっていました。ひどい話になると、気の食わない人間については日記の中で勝手に「殺して」しまったことすらあるとか。やれやれ。しかしその一方、意気投合した人々も少なからずいたようです。荷風もそうした人間との繋がりは大事にしたようで、関係が長く続いたケースも散見されます。例として挙げるなら、師と仰いだ森鴎外やその遺児たち、谷崎潤一郎、二代目市川左団次(※1)、杵屋五叟(※2)などでしょうか。そうした人間関係は、例えば戦中戦後の食糧難や空襲で焼け出された際などに大きな助けとなりました。まあ、周囲の人間は荷風の強烈な個性に辟易する事もあったようですが、それはそれ。また、浅草の踊り子たちとも親しく交わりしばしばごちそうをしていたそうです。彼女たちと接する事が、日記や創作の題材になることも珍しくなかったようですね。
思えば、「元日本一のニート」とか言われるpha氏も、「人とのつながり」をニート生活継続の上で大事な条件としてあげていました。価値観の合わない相手や世間一般と無理して交わる事で消耗するのは避けたいところですが、世の中と完全に隔絶してしまうのも良くないのでしょうね。
荷風は人間嫌いとして知られており、文壇とも基本的に距離をとっていました。ひどい話になると、気の食わない人間については日記の中で勝手に「殺して」しまったことすらあるとか。やれやれ。しかしその一方、意気投合した人々も少なからずいたようです。荷風もそうした人間との繋がりは大事にしたようで、関係が長く続いたケースも散見されます。例として挙げるなら、師と仰いだ森鴎外やその遺児たち、谷崎潤一郎、二代目市川左団次(※1)、杵屋五叟(※2)などでしょうか。そうした人間関係は、例えば戦中戦後の食糧難や空襲で焼け出された際などに大きな助けとなりました。まあ、周囲の人間は荷風の強烈な個性に辟易する事もあったようですが、それはそれ。また、浅草の踊り子たちとも親しく交わりしばしばごちそうをしていたそうです。彼女たちと接する事が、日記や創作の題材になることも珍しくなかったようですね。
思えば、「元日本一のニート」とか言われるpha氏も、「人とのつながり」をニート生活継続の上で大事な条件としてあげていました。価値観の合わない相手や世間一般と無理して交わる事で消耗するのは避けたいところですが、世の中と完全に隔絶してしまうのも良くないのでしょうね。
※1 歌舞伎役者。荷風とは古筆・骨董・俳句を通じた親交がありました。戯曲『平維盛』は荷風が左団次のため執筆したもの。
※2 邦楽家。本名は大島一雄。荷風の従兄弟にあたり、次男の永光は荷風の養子となっています。
※2 邦楽家。本名は大島一雄。荷風の従兄弟にあたり、次男の永光は荷風の養子となっています。
・周辺の世界に注意を払う。
変化のない日常は、精神をむしばみやすいといわれています。なので、季節の変化や世間を賑わすニュースなどには、関心をもっていたいところです。上記のように日記をつける習慣があれば、日記の材料としてそうしたものに注意を払うきっかけになるでしょう。『断腸亭日乗』に季節の花々や世間の動向に関する記述が多々あるのは已に述べた通り。
また、「人生の至福は読書に在り」と述懐していた荷風は、戦災で焼き出されるまでは古今東西問わず好みの書物を楽しんだといわれています。周囲の世界、本から精神に刺激を受けるようにしていた訳ですね。
なお荷風は、長年にわたり花柳界や都市風俗の変遷にも着目していたようで、その時々でそうした世界に生きる人々を題材にした作品を手がけています(※3)。
変化のない日常は、精神をむしばみやすいといわれています。なので、季節の変化や世間を賑わすニュースなどには、関心をもっていたいところです。上記のように日記をつける習慣があれば、日記の材料としてそうしたものに注意を払うきっかけになるでしょう。『断腸亭日乗』に季節の花々や世間の動向に関する記述が多々あるのは已に述べた通り。
また、「人生の至福は読書に在り」と述懐していた荷風は、戦災で焼き出されるまでは古今東西問わず好みの書物を楽しんだといわれています。周囲の世界、本から精神に刺激を受けるようにしていた訳ですね。
なお荷風は、長年にわたり花柳界や都市風俗の変遷にも着目していたようで、その時々でそうした世界に生きる人々を題材にした作品を手がけています(※3)。
※3 未完・未発表のものもあるようですが。
・身だしなみに意を致す。
荷風は、ハイカラな家庭で育ち洋行経験もあるだけに、おしゃれな人物だったようです。外出の時は忘れずに髭を剃りスーツで身を固めており、髪も理髪店でこまめに切りそろえていました。洋服の着こなしにも一家言を持っていたようです。
そんな荷風のまねはなかなかできないでしょうが、周囲から見て余りに見苦しくならないよう留意したいものです。世間からの断絶を防ぐためにも。
荷風は、ハイカラな家庭で育ち洋行経験もあるだけに、おしゃれな人物だったようです。外出の時は忘れずに髭を剃りスーツで身を固めており、髪も理髪店でこまめに切りそろえていました。洋服の着こなしにも一家言を持っていたようです。
そんな荷風のまねはなかなかできないでしょうが、周囲から見て余りに見苦しくならないよう留意したいものです。世間からの断絶を防ぐためにも。
・健康に気を配る。
荷風は自身の体が丈夫でないのを気にしていたらしく、何かあればすぐ医師にかかっていたと伝わります。食物に関しても、胃腸を壊さないか、清潔であるか注意を払っていたそうです。また、戦中戦後に自炊した際は、野菜入手にも意を払っていました。栄養バランスにも気を配っていたという事でしょうか。一方で外食の習慣があったのも事実ですけれど。
また、彼は家に引きこもる事なく散策を好んでいました。荷風は、「他人の世話にならずぽっくりと死にたい」という希望を長年もっていましたが、死の前日まで外出するというほぼ願い通りの最期を遂げる事ができたのもそうした生活習慣が一因だと思われます。幸運によるところも大きいでしょうけれど。
生きていく上では、体が資本になります。無論、働かない生活を楽しむ上でも、健康は大事。なので体調変化に気を配り、日々の食事にも意識を払い、また適度な運動を習慣にしたいものです。
荷風は自身の体が丈夫でないのを気にしていたらしく、何かあればすぐ医師にかかっていたと伝わります。食物に関しても、胃腸を壊さないか、清潔であるか注意を払っていたそうです。また、戦中戦後に自炊した際は、野菜入手にも意を払っていました。栄養バランスにも気を配っていたという事でしょうか。一方で外食の習慣があったのも事実ですけれど。
また、彼は家に引きこもる事なく散策を好んでいました。荷風は、「他人の世話にならずぽっくりと死にたい」という希望を長年もっていましたが、死の前日まで外出するというほぼ願い通りの最期を遂げる事ができたのもそうした生活習慣が一因だと思われます。幸運によるところも大きいでしょうけれど。
生きていく上では、体が資本になります。無論、働かない生活を楽しむ上でも、健康は大事。なので体調変化に気を配り、日々の食事にも意識を払い、また適度な運動を習慣にしたいものです。
・体を動かす習慣をつける。
上の項目にも関わる問題です。荷風は、東京の町をしばしば散歩していました。食料など物品調達のついでである事も多かったようです。そんな中で、荷風は東京の町にある江戸の名残をみつけては、消え去りつつあるその風情を愛したといいます。そうした発見は、傑作『日和下駄』を始めとする数々の随筆に結実しています。また、散歩のついでに食料など掘り出し物をみつけることもあったようです。
必ずしも激しい運動をする必要はありませんが、散歩など無理ない範囲で体を動かすよう意識するのは健康を保つ上で重要です。また、何気なく過ごしている己の周囲に意外な面白みを見つける事ができたり、精神面にも好影響があるかと思います。
上の項目にも関わる問題です。荷風は、東京の町をしばしば散歩していました。食料など物品調達のついでである事も多かったようです。そんな中で、荷風は東京の町にある江戸の名残をみつけては、消え去りつつあるその風情を愛したといいます。そうした発見は、傑作『日和下駄』を始めとする数々の随筆に結実しています。また、散歩のついでに食料など掘り出し物をみつけることもあったようです。
必ずしも激しい運動をする必要はありませんが、散歩など無理ない範囲で体を動かすよう意識するのは健康を保つ上で重要です。また、何気なく過ごしている己の周囲に意外な面白みを見つける事ができたり、精神面にも好影響があるかと思います。
・何かものを書く習慣があればなおよし(日記以外にも)。
荷風は、作品発表がままならぬ戦時中においても、己の魂が求めるままに作品執筆をやめませんでした。戦後になって、預金が当てにならなくなった際もその時の作品群は印税を稼ぎ出す助けになったようです。
小説、随筆、俳句、詩、漫画、イラスト…。形式は何でもかまいません。己の魂の叫びを記す習慣があれば、何かの機会に役に立つかもしれません。無論、他人が見ることを意識して内容を調える必要はありますが。それでも、消費するだけでなく「何かを生む」習慣を持つことは、精神衛生上で有用ではないでしょうか。
荷風は、作品発表がままならぬ戦時中においても、己の魂が求めるままに作品執筆をやめませんでした。戦後になって、預金が当てにならなくなった際もその時の作品群は印税を稼ぎ出す助けになったようです。
小説、随筆、俳句、詩、漫画、イラスト…。形式は何でもかまいません。己の魂の叫びを記す習慣があれば、何かの機会に役に立つかもしれません。無論、他人が見ることを意識して内容を調える必要はありますが。それでも、消費するだけでなく「何かを生む」習慣を持つことは、精神衛生上で有用ではないでしょうか。
・己が何になりたいかをしっかり意識する。
荷風は、いつからか自身を「戯作者」と認識するようになりました。その上で、過ぎにし江戸の余香や遺風を懐かしみ愛しました。己の生き方を貫く軸、価値観が明確だったのも、荷風の大きな魅力です。
荷風は、いつからか自身を「戯作者」と認識するようになりました。その上で、過ぎにし江戸の余香や遺風を懐かしみ愛しました。己の生き方を貫く軸、価値観が明確だったのも、荷風の大きな魅力です。
・世間から何を言われようと、気にしない。
非常に個性的な性格や生き方だったので、世間から色々言われたであろう事は想像に難くありません。しかし、荷風の生き方がそれによってぶれる事はありませんでした。犯罪を犯したり他人を悪意で踏みにじったりしない限り(※4)、世間の声を気にしない方が良いかと考えます。世間の価値観というのは、容易に移り変わる当てにならぬ物ですから。
非常に個性的な性格や生き方だったので、世間から色々言われたであろう事は想像に難くありません。しかし、荷風の生き方がそれによってぶれる事はありませんでした。犯罪を犯したり他人を悪意で踏みにじったりしない限り(※4)、世間の声を気にしない方が良いかと考えます。世間の価値観というのは、容易に移り変わる当てにならぬ物ですから。
※4 実を言うと、この点に関して荷風には戴けない疑惑がなきにしもあらず。その辺は、見習わないようにしたいものです。
・己の死をも意識におき、覚悟する。
荷風は、体が丈夫でないと自身を認識していたのか、早い段階から己の死を意識していたようです。己の死を頭の片隅で意識しておけば、いつ死んでも悔いの無いよう、己の価値観に妥協しない生き方ができるようになります。死後についても可能な範囲で手配りができていればなおよし。
荷風は死の直前まで出歩ける状況だった事もあり、比較的悔いの少ない生涯だったと想像されます。ただし、孤独死した後に疎遠だった親戚を含め周囲の人々に面倒をかけたのは否めません。荷風は事前に遺言を残しており、一定の手配りはしていたのですが、著名な作家だったのが逆に禍してか思うに任せぬ面もあったようですね。
荷風は、体が丈夫でないと自身を認識していたのか、早い段階から己の死を意識していたようです。己の死を頭の片隅で意識しておけば、いつ死んでも悔いの無いよう、己の価値観に妥協しない生き方ができるようになります。死後についても可能な範囲で手配りができていればなおよし。
荷風は死の直前まで出歩ける状況だった事もあり、比較的悔いの少ない生涯だったと想像されます。ただし、孤独死した後に疎遠だった親戚を含め周囲の人々に面倒をかけたのは否めません。荷風は事前に遺言を残しており、一定の手配りはしていたのですが、著名な作家だったのが逆に禍してか思うに任せぬ面もあったようですね。
あと、本来なら収入源云々といった話もでるのでしょうけど、上述した通り、荷風は食べていく心配がない環境にあった人物ですので…。
さて。これらを全部実行するのは、なかなか大変かもしれません。それでも、できそうなものから取り入れていくのは決して無駄ではないんじゃないかと思います。あと、世間的な「社会復帰」を第一とする向きには、今回の話は物足りないかもしれません。ですが、無為がもたらす闇に精神を飲み込まれないように心がける事は、働く働かないにかかわらず十分有用だと考えます。むしろ、日常にメリハリを持ち自堕落に流れるのをある程度歯止めをかけるという意味で、社会復帰を目指す上でも良い方向に作用し得るのではないでしょうか。
なお、今回は「働かない生き方」を前提に話をしましたが、上で述べた条々は働いている人々にとっても十分参考になりそうだとも思っています。
【参考文献】
永井荷風著 磯田光一編『摘録 断腸亭日乗』(上)(下) 岩波文庫
永井永光、水野恵美子、坂本真典『永井荷風 ひとり暮らしの贅沢』新潮社
松本哉『永井荷風という生き方』集英社新書
松本哉『荷風極楽』三省堂
永井永光『父荷風』白水社
前坂俊之『ニッポン奇人伝』現代教養文庫
長山靖生『「人間嫌い」の言い分』光文社新書
pha『ニートの歩き方』技術評論社
『大辞泉』小学館
永井荷風著 磯田光一編『摘録 断腸亭日乗』(上)(下) 岩波文庫
永井永光、水野恵美子、坂本真典『永井荷風 ひとり暮らしの贅沢』新潮社
松本哉『永井荷風という生き方』集英社新書
松本哉『荷風極楽』三省堂
永井永光『父荷風』白水社
前坂俊之『ニッポン奇人伝』現代教養文庫
長山靖生『「人間嫌い」の言い分』光文社新書
pha『ニートの歩き方』技術評論社
『大辞泉』小学館
関連記事:
「「なぜ結婚しないの?」と尋ねられた時、どう返す?~鴎外・荷風 近代文豪二人の場合~ 」「働かない生き方」の場合、家庭を持つことは難しいケースも多々あります。荷風もまた、妻子を持たない(※5)人生を選び取っています。
※5 短期的に結婚したことは二度ありますし、家督相続者として戸籍上の養子もとっていますが。
「<読書案内>pha『ニートの歩き方』 ~この世界で生きづらさを感じる人の重荷を、少しでも軽くできないものか~ 」
働かない生き方の向き不向き、そうした生き方を選ぶ上での心得等について述べられた著作です。今回の内容とかぶるところもあるかも。
「老後の孤独にどう向き合うか~本人に関しては覚悟次第だけど…~ 」
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「老後の孤独にどう向き合うか~本人に関しては覚悟次第だけど…~ 」
※2018/6/17 、18 誤字を修正。
by trushbasket
| 2018-06-17 13:50
| NF








