2018年 07月 07日
湊川合戦直前、尊氏はちょっと無茶をしたようです~案外、足利方の認識ではギリギリの戦いだったのかも~
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南北朝初期における足利軍と後醍醐方との戦いは、延元元年(1336)五月二十五日における兵庫湊川の合戦で足利軍が優位を確立しました。足利軍は圧倒的大軍であり、一見すると余裕綽々で戦いを進めたかに見えます。しかし、彼らの主観からすれば、案外そうでもなかったようで。今回は、湊川合戦直前における、尊氏のとある行動にスポットを当ててみます。
『梅松論』は、兵庫へ向かう足利軍について、以下のような話を伝えています。九州を平定し、陸軍を率いる直義、水軍を率いる尊氏という形で京へ向かっていた足利軍。陸軍は順調に東へ向かっていた一方、水軍は播磨で少し足踏みをしていました。というのは、播磨灘が舟で行くには難所であるため慎重に日和を待っていたのです。そんな中で五月二十三日、雨交じりの西風が吹きます。順風を得た尊氏は喜んで、
此風は天のあたふる物か。はや纜をとくべし(『群書類従 第拾參輯』塙保己一編 経済雑誌社 184頁)
と命じます。しかし、周囲はなお慎重だったようで、「航海の専門家である船頭たちの意見を聞いた方がよい」という事に。そして、船頭たちの多くは、尊氏の意に相違して
此風は吹風なれ共。月の出汐に吹替てむかふべきか。出されては。若途中にて難義あるべきか(同書 同頁)
<超意訳>
この風は追い風ではありますが、月が出るころに風向きが変わって向かい風となるでしょう。無理に出航なされても、途中で難航するのではないでしょうか。
と出航に反対する慎重意見。しかしそんな中、ただ一人が
是は御大慶の順風と存候。その故は、雨は風の吹出て降候。月の出ば雨は止候べし。少はこはく候とも。追風なるべき(同書 同頁)
<超意訳>これは大変めでたい順風と存じます。なぜかと申しますと、雨は風が吹き出してから降っております。月が出たなら、雨はやむことでしょう。少々怖くはありますが、良き良い風でありましょう。
と出航を後押ししたのです。尊氏はこれを聞いて、源平合戦のおりの源義経の吉例を引き合いに出して出発と決定したのです。結果として、船団は無事に兵庫につき、二十五日に湊川合戦で勝利。後醍醐方に対する優勢を決定的なものとしました。
しかし。結果オーライではありますが、これ、なかなかに無茶な冒険ですね。何しろ配下の武士たちの中にも
余多の船頭申上をば聞召れずして、一人が申を御許容如何(同書 同頁)
と危ぶむ声が少なからずあったそうですし。しかも、ただ一人賛成した船頭すら「危険がある」とは言ってます。後世の人間からすれば、「軍勢の数で優勢なんだし、何をそんなに焦るのか」とすら思います。
ただ、これは結果を知っている我々だから言える事。尊氏や足利軍首脳の主観からすれば、見え方は違っていたのでしょう。思えば、足利軍は兵糧の不安があるにもかかわらず味方への援軍が急務として思い切った出陣をしていましたし、道中でありもしない楠木正成の影に怯えたりもしていました。彼らとしては、結構ギリギリの戦いだったのかもしれません。
それだけに、直義率いる陸軍とあまり距離が離れると各個撃破のリスクが高まるとか、あまり進軍が遅れると敵に軍勢集結の暇を与えてしまうとか、そういった懸念もあったかもしれません。そういえば、どの程度信憑性があるかは存じませんが、「熊野水軍あたりが正成に味方してはせ参じる手筈だったが、間に合わなかった」という説が戦前に唱えられた事もあったらしいです。大佛次郎がエッセイで触れてました。実際どうだったかはともかく、足利方としては、そうした危険性も考慮する必要はあったのでしょうね。それだけに、拙速を尊ぶ必要があると尊氏は判断したのでしょう。結果だけ見れば足利方の大勝利だった湊川合戦。案外、尊氏の実感としては「紙一重の勝利」だったのかもですね。まあ、情報源が『梅松論』なので後醍醐方を実際より強大に描く事で尊氏の勝利を顕彰してる可能性は考える必要があるんでしょうけど。
【参考文献】
『群書類従 第拾參輯』塙保己一編 経済雑誌社
兵藤裕己校注『太平記 三』岩波文庫
大佛次郎『大楠公 楠木正成』徳間文庫
『群書類従 第拾參輯』塙保己一編 経済雑誌社
兵藤裕己校注『太平記 三』岩波文庫
大佛次郎『大楠公 楠木正成』徳間文庫
「同時代の敵手から見た楠木正成の姿~上げ潮の中でさえ「待て あわてるな これは正成の 罠だ」と一騒ぎ~ 」
「足利軍が「優柔不断」で失敗し、新田軍が「果敢」で成功した事例~後世の、結果論的なイメージには要注意~」
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※2018/7/14加筆
歴史研究会・とらっしゅばすけっとにおける南北朝関連発表は
を御参照下さい。
by trushbasket
| 2018-07-07 19:52
| NF








