2018年 07月 11日
名探偵ポアロは語る、「完全犯罪には二種類ある」~『陰謀の日本中世史』を読んでふと思い出した事~
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このたび、西日本を広域に襲った大水害、酸鼻としか申しようがありません。心よりお見舞いを申し上げます。今年は、天災が相次ぐようで、一日も早く平穏が世に戻る事を祈ってやみません。
ところで。以前より呉座勇一先生の著作『陰謀の日本中世史』が話題になっていますが、歴史上の謎めいた出来事もまた、あたかも推理小説を思わせるような形で人々の興味をひくものらしいですね。見事に完遂された出来事の中には、「完全犯罪」にたとえたくなるものもあるのは否定できません。
さて、「完全犯罪」で思い出したのですが。推理小説を読んでいる際、「完全犯罪には二種類ある」という言説が出てきたので、少しご紹介しようかと思います。問題の作品は、アガサ・クリスティー『ひらいたトランプ』。名探偵エルキュール・ポアロが活躍する物語です。
まず、内容のさわりだけをご紹介いたしましょう。あるときにポアロは、いささか悪趣味で謎多き富豪・シャイタナ氏から奇妙なパーティーへの招待を受けます。何でも、殺人をおかしながら巧みに逃れおおせた人々を集めてその席でお目にかけよう、というのです。複雑な思いを抱きながらもパーティーに出席したポアロ。パーティーは途中までつつがなく進み、宴席の後に出席者たちはブリッジなるトランプゲームに興じます。そしてゲームが盛り上がっている最中、主催者シャイタナが刺殺されているのが見つかったのです。招待客の中に犯人がいるのは明らかだが、それは誰か?ポアロの推理が冴えを見せる長編です。知名度が高いとは言えませんが、ブリッジの得点表からうかがえるゲーム経過、容疑者たちの過去などからそれぞれの為人を分析し、心理的な側面からも真相に迫っていく良作だと思います。興味のある方は、一見の価値ありかと。ただ、本作を味わいつくすにはブリッジのルールを知っているほうがベターだそうですので、その意味で人を選ばなくもないかもですが。
さて。上述した「完全犯罪には二種類ある」というのは、本作品中でポアロが開陳した持説です。その内容を少し見ていきましょう。
<注意! これより先は、『ひらいたトランプ』の内容に触れています。ネタバレには当たらないと個人的には考えていますが、そうした事が気になる方は先を読み進むのは控えた方が安全かもしれません。要は、この先は自己責任にてお願いします。>
まず。通常の完全犯罪は「前もって、細かいところまで、考えておくことが絶対に必要」(アガサ・クリスティー 加島祥造訳『ひらいたトランプ』ハヤカワ文庫 319頁)なものであり、
あらゆる偶発の事態についても用意をほどこしておかねばなりません。またタイミングが正確であり、その順序は精密なまでに正しくなければならないのです。(同書 同頁)
とのこと。なるほど、理解できます。なお、歴史上の事件でいえば、宮廷内など限局された舞台でおこったものであれば通用しそうですね。
一方。合戦など不特定多数の人間が絡む場合、起こりうる偶然は想定できる範囲を超えたもの、下手をすると人智を越えたレベルになるでしょう。人間の行動だけでなく、天候など自然現象由来の要素も考えないとならなくなるから、なおさらです。
さて、ポアロによれば完全犯罪にはもう一つのパターンがあるのだそうで。曰く、
瞬間的に行なわれた犯罪-休んだり、考えたりするひまのない行動-霊感-とっさのひらめき-といった犯罪(同書 321頁)
突然に殺す必要に迫られる-ぱっと頭にひらめいた殺害手段-迅速果敢な実行(同書 同頁)
といった類いの代物。これを、ポアロは「遠くの木に石を投げて当てる」という行動に喩えています。何も考えず体が反応するままにとっさに投げると当たる、しかし色々欲が出て方向や投げる強さなどをごちゃごちゃ考え出すとかえってそれが雑念になり当たらなくなる、といった風なんだそうで。
不特定多数の人間が絡む歴史上の大事件には、案外、後者の「完全犯罪」として考えた方がしっくりくるものもあるのかもしれませんね。事前に陰謀とか黒幕とかを繞らせる余地なく、ふと目に入った千載一遇の好機を逃さずにものにした。そうしたタイプの出来事と見た方が納得しやすいケースも、あるかもしれません。
歴史上の事件についてとりとめなく思いをはせているうち、ふと思い出したのでお話してみた次第です。
【参考文献】
アガサ・クリスティー 加島祥造訳『ひらいたトランプ』ハヤカワ文庫
by trushbasket
| 2018-07-11 20:27
| NF








