2018年 08月 03日
童貞判別法を気にする、戦前日本人の話~結局、決め手はなかったみたい~
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どうも、松原左京です。「何某が童貞か否か」といった類の話は、今も時に見聞きします。大きな御世話だと思うのですけどねえ…。
さてこれ、現代に限らず戦前日本においても一定の興味を持たれていた話題のようです。童貞か否かを判別する方法がないかどうか、という事について触れた書物を複数目にしましたので。そこで今回は、そうした例を一つ二つ具体的にご紹介しようかと存じます。
①赤沼菊水『性理学研究 簡易セックスの宝鑑 虎之巻』大日本図書研究会菊水文庫(大正十一年)
「童貞非童貞の鑑識法」について、「斯法は甚だ至難」であるため「挙動振舞等により其者の概略を知るべし」(赤沼菊水『性理学研究 簡易セックスの宝鑑 虎之巻』大日本図書研究会菊水文庫 17頁)なんて書いてあります。ただ、以降で挙げられている具体例は、友人との間で交わされる異性に関する話で羞恥心が薄いと非童貞、といったレベル。信憑性はどんなものやら。
②正木不如丘『生死無限』四条書房(昭和八年)
著者・正木不如丘は医師を本業とする作家です。彼は本書において童貞に関して「医学から見た「童貞」」なるタイトルで話題にし、冒頭近くで「童貞と非童貞を純医学的に区別する事は不可能」(正木不如丘『生死無限』四条書房 409頁)と身も蓋もない結論を出しています。
それでもこのまま話が終わっては商業的に問題、とでも思ったのか態度で何となく区別がつくかも、といった話に持ち込もうとしていますが実際のところ怪しいものです。
やはり色々と苦しかったのか、後の頁でも「童貞非童貞の区別は果して肉体的に根拠を持つか。誠に遺憾ながらそれは不可能である。」(同書 413頁)と改めて述べています。大事なことだから二度言いました、という赴きがありますね。童貞かどうかで肉体的な変化が起こるわけではないから、というのを理由として著者は挙げています。
※佐多芳久『神経病時代』大日本雄弁会講談社(昭和七年)
この本においては、童貞かどうかの区別について特段触れていません。しかし、「童貞と処女」なる短文で「著しい変化を肉体的に来たさない」(233頁)が故に男性の童貞は重んじられないのではないか、なんて話をしています。この辺り、正木の議論を思わせるものがありますね。
戦前日本においても、下世話かつ余計な御世話としか言いようのない話題に興味津々な人は、相応に多かった。少なくともそうした話題を出せば一定の売り上げを期待できる、と商業出版が判断する程度には。そう感じさせる数冊でした。
参考文献:
赤沼菊水『性理学研究 簡易セックスの宝鑑 虎之巻』大日本図書研究会菊水文庫
正木不如丘『生死無限』四条書房
佐多芳久『神経病時代』大日本雄弁会講談社
『日本人名大辞典』講談社
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戦前日本における「童貞」関連の話題。今日と異なり、一概に悪いイメージではなかったようです。
by trushbasket
| 2018-08-03 19:19
| 松原左京









