2018年 10月 20日
幕末の個性派殿様がまた一人~津山藩主・松平斉民 in 『渋江抽斎』~
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森鴎外が晩年に著わした史伝『渋江抽斎』『伊沢蘭軒』あたりを何度か読み返しているのですが、幕末に個性を発揮した殿様の姿も時に描かれたりします。
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弘前藩主・津軽承昭や福山藩主・阿部正弘が出てきます。
「人は、欠点すらも使いよう?~津軽の殿様は考えた、酒癖悪い家臣も発想転換でホレこの通り~ 」弘前藩の隠居・津軽信順のちょっと良い話?
幕末の殿様と言えば松平慶永・島津斉彬・山内豊信・伊達宗城の「四賢侯」が有名ですが、他にも存外傑物はいたようですね。鴎外作品ではありませんが、こんな人を取り上げた事も。
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一時期、喜連川家へ養子という話が出た事もある長岡護美について。
さて。『渋江抽斎』作中に登場する殿様には、他にもこんな人もいました。主人公・渋江抽斎の妻・五百は十代の時、江戸城本丸に奉公していた時期があります。時の将軍は十一代目・徳川家斉。その際、とある廊下に鬼が出るという噂が生じたそうです。何でも、
誰(たれ)も好(よ)くは見ぬが、男の衣(きもの)を着ていて、額に角(つの)が生(は)えている。それが礫(つぶて)を投げ掛けたり、灰を蒔(ま)き掛けたりするというのである。(森鴎外『渋江抽斎』より)
というので、皆が怖がって近づきたがらなかったとか。そこで五百は武芸の心得があった事もあり、あえて件の場所へ近づきます。そして、「鬼」らしき者が出てきた際に組み付いて、見事捕らえたのです。さて、「鬼」の正体はといえば。
鬼は降伏して被っていた鬼面(おにめん)を脱いだ。銀之助(ぎんのすけ)様と称(とな)えていた若者で、穉くて美作国(みまさかのくに)西北条郡(にしほうじょうごおり)津山(つやま)の城主松平家(まつだいらけ)へ壻入(むこいり)した人であったそうである。
津山の城主松平越後守斉孝(なりたか)の次女徒(かち)の方(かた)の許(もと)へ壻入したのは、家斉の三十四人目の子で、十四男参河守(みかわのかみ)斉民(なりたみ)である。(森鴎外『渋江抽斎』より)
悪戯をして捕まったのは、何と将軍の実子で津山藩の若様。この時は文政九年(1826)と推定されるそうですから、数えで十三歳だとか。
さて、作中では何だかなあな登場をした斉民(1814-1891)ですが、天保二年(1831)で家督を継いだ後には学問を好む開明的な殿様となりました。一例を挙げますと、蘭学者の箕作阮甫らを登用して藩政改革を進め、ペリー来航の際には開国論を中央政権に上申。幕末期には藩論を勤王でまとめ、更に徳川将軍家の家督が十五代目・慶喜から幼い田安亀之助(徳川家達)に譲られた際はその後見人という重責を果したとか。彼もまた、なかなかの傑物と言って良さそうですね。とはいえ残念ながら、斉民や後継者・慶倫は尽力したものの、領民の負担が大きいこともあって藩の政情は安定しているとは言い難かったようです。
ちなみに、津山藩は十七世紀末から越前松平家の流れを汲む一族が統治する親藩です。当初は十万石でしたが、十八世紀前半に藩主が相次いで亡くなったり一揆が起きたりで、五万石に減封されました。将軍の子・斉民が養子に入ったのを機として十万石に戻されたそうです。
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「青空文庫」(https://www.aozora.gr.jp/)より
「森鴎外 渋江抽斎」(https://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/2058_19628.html)
『日本大百科全書』小学館
『美術人名辞典』思文閣
『日本人名大辞典』講談社
『朝日日本歴史人物事典』朝日新聞出版
『藩名・旧国名がわかる事典』講談社
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「幕末維新期の漢詩 山田方谷『詠伯夷叔齊』~一佐幕派の心情~」方谷の主君は、幕末に老中もつとめた備中松山藩主・板倉勝静。
「忘れられかねない故事成語・熟語~『渋江抽斎』『伊沢蘭軒』など、近代文学から~」
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「文豪・森鴎外は語る「文芸の種類に貴賤はない、詩の延長だ、高級芸術だ」~渋江抽斎と周辺人物の事情~ 」
鴎外の史伝に題材を取った記事を。
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by trushbasket
| 2018-10-20 13:30
| NF








