2018年 11月 03日
『太平記』にある、直義と玄慧のやりとり~南北朝期の和歌と漢詩の一例~
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収まるかに見えた南北朝動乱を再燃させた、足利政権の内紛「観応の擾乱」。政権運営者であった足利直義(将軍・尊氏の弟)と、執事・高師直の対立を契機に、足利政権が内部分裂した戦いです。
さて、今回話題にするのは、戦乱直前の日々。戦乱前の段階で、直義は政争に敗れ引退・出家を余儀なくされていました。『太平記』第二十七巻によれば、この時期に失意にあった直義を訪問し慰めたのは、当時を代表する知識人であった玄慧(玄恵とも)。玄慧は天台宗僧侶で、儒教にも造詣が深い人物でした。更に漢詩文にも優れ、足利政権成立時には「建武式目」制定にも参画。更に『太平記』成立にも関わったとされています。直義も学問を好んだ人物でしたから、玄慧とは気が合ったものでしょうね。
しかしながら、玄慧は已に老齢。そのうち、玄慧が重病に倒れたため心配した直義は
長らへて問へとぞ思ふ君ならで今はともなふ人もなき世に(兵藤裕己校注『太平記(四)』岩波文庫 302頁)
<超意訳>命を長らえて、また私の元に訪れてほしい。貴方以外には、今は訪れてくれる人もいない世の中だから。
玄慧はこれを受けて
感君一日恩
招我百年魂
扶病坐床下
披書拭泪痕
<読み下し>
君が一日の恩に感じて
我が百年の魂を招く
病を扶けて床下に坐す
書を披きて泪痕を拭ふ
※写本によっては、下記。
君が今日の恩を感じて
我が九泉の魂を招く
病を扶けて床下に座し
書を披いて涕痕を拭ふ
(兵藤裕己校注『太平記(四)』岩波文庫 302頁)
<超意訳>
私を心配してくださる貴方様の恩に感じて
私は百年の長寿を経た魂を振り絞っています
(※写本によっては「私は来世へ旅立とうとする魂を呼び戻しています」)
病をおして床の上になんとか起き上がり、
いただいたお手紙を開いて、ありがたさからこぼれる涙を拭っています。
と詠んだそうです。
平仄は下記の通り。○が平声、●が仄声。△は両方可。◎は平声で韻脚。なお、平仄についてはこちらを参照ください。
●○●●◎
○●●○◎
○●●○●
○○●●◎
韻脚は「恩、魂、痕」で「上平声十三元」。
やがて玄慧が病死すると、直義は詩が書かれた手紙に紙をついで、経典の教えを書写し彼を追善下と言うことです。なお、『太平記』原典には「六喩般若」とあり、『金剛般若経』に全ては無情である事をとく「夢・幻・泡・影・露・電」の教えを意味しているようです。
乱世の中、教養・学問を愛した二人による最期のやりとり。それぞれが失意や老病の日々の中ながらも、流石と思わされるものがあります。
【参考文献】
兵藤裕己校注『太平記(四)』岩波文庫
『太平記 巻第二十七、巻第二十八』冨春堂
『角川新字源改訂版』角川書店
菅原武『漢詩詩語辞典』幻冬舎ルネッサンス
『朝日秘本歴史人物事典』朝日新聞出版
『日本大百科全書』小学館
『大辞泉』小学館
兵藤裕己校注『太平記(四)』岩波文庫
『太平記 巻第二十七、巻第二十八』冨春堂
『角川新字源改訂版』角川書店
菅原武『漢詩詩語辞典』幻冬舎ルネッサンス
『朝日秘本歴史人物事典』朝日新聞出版
『日本大百科全書』小学館
『大辞泉』小学館
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by trushbasket
| 2018-11-03 15:22
| NF








