2019年 01月 27日
【言葉】一休宗純は言った、「人生は寝て食ってetc.…そして死ぬだけ」
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どうも、松原左京です。ここのところ、歴史上の傑僧の言葉を引用して、「人間は死ぬときは一人」といった話をしてきています。今回もそれに近いようなちょっと違うようなな話。
室町時代の禅僧・一休宗純は和歌や漢詩を通じて、自らの考えを残していたようです。そんな一休が呼んだとされる和歌には、こんなものもあります。『一休咄』巻之一に曰く、「世法」について
よの中はくうて糞(はこ)して寝て起きて扨其後は死ぬるばかりよ(安楽庵策伝『醒酔笑』有朋堂書店 388頁)
とのこと。現代語訳は、つけるまでもないかと思います。世の中は、そして人生は、煎じ詰めるとそれに尽きる、という事ですね。随分と、身も蓋もない話です。でも、見方によっては、心が軽くなるような言葉だとも思います。
思えば、人間も動物の一種であるのだから「生きて死ねばそれで合格」なのだ、という趣旨の言葉を記した書があった旨を以前にお話いたしました。歴史を極限まで要約すると、生まれ苦しみ死んでいくという事につきる、とサマセット・モーム『人間の絆』が記していた、と述べた記事も前にありました。上述する一休の歌と、通じるものがありますね。こうした考え方は、古今東西を問わず一定の指示があるものなのかもしれません。
人類は、そして日本は、長い歴史をかけて発展をしてきました。その結果、現代社会は従来と比較して生存しやすいものになったといえるでしょう。しかしその一方で、「あれをしなければならない、これもしなければいけない」といった有形無形の縛りもたくさんできました。無論、相応の理由があっての事ではありますが。ただ、それが生きづらさの大きな原因になっているのもまた否定できないところです。まして、現在は価値観の多様化もあって、様々な、時には相矛盾するしばりが併存しているのですから猶更のこと。
そんな生きづらさの理由となっている縛りの中でも、せめて、成文法化していない縛りからは、自由になりたいものです。「苦労をしなければいけない」「汗水たらし働かなくてはいけない」「恋愛を、結婚をしなければいけない」「童貞ではいけない」…エトセトラエトセトラ。そうした不文律が自分を苦しめているのなら、捉われないよう心がけるのもありかと思います。無論、法を犯さず、そしてまた「法三章」レベルの人として最低限守るべき道は厳守しながらではありますが。
遁れても法的に問題なさそうな縛りから逃れる際に、冒頭で挙げた伝・一休作の歌はちょっとした心の援護射撃になってくれそうな気はしますよ。
参考文献:
『日本大百科全書』小学館
安楽庵策伝『醒酔笑』有朋堂書店
『一休道歌 三十一文字の法の歌』禅文化研究所
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蓮如は、一休と親交があったそうです。
※2019/2/6、2/7 誤字修正。
by trushbasket
| 2019-01-27 19:28
| 松原左京









