聞くところによれば、ネット上では紫式部が随分と話題になっているようですね。何でも人気ゲーム『Fate Grand Order』にキャラクターとして登場したとか。今回、紫式部に関連していなくもない四方山話をしようと思っていただけに個人的には面白い偶然。
紫式部の名を僕が初めて見たのは、小学館による『学習まんが少年少女日本の歴史』でした。
漫画で歴史の勉強をするための作品は数多くありますが、この小学館版『日本の歴史』はその中でも名作として知られるシリーズです。大人になってから読み返すと、歴史学による研究成果を真摯に取り入れようとしているのが分かって改めて敬意を抱かされる事もしばしば。もっとも、昔に描かれた作品なので、現在からすれば古い学説がちらほら見られるのはやむを得ないところ。例えば、有名歴史人物の顔は肖像画に極力似せて描かれているのですが、それが裏目に出たケースもちらほら。足利尊氏は例のザンバラ髪の騎馬武者像が基になっていたりとかですね。それでも、現在の眼を通じてなお唸らされる点も勿論多々あります。一例を挙げるなら、徳川期の「百姓一揆」描写。注目したいのは、解説文こそ「一揆」と述べているものの、当事者である農民達に「一揆」という言葉を使わせていない事です。彼ら自身は、専ら「騒動」「強訴」という言い方をしています。これが意図的な描写である事は、足利期の土一揆に関しては農民・馬借ら自らが「一揆」と述べている事と対比すれば明らかかと。
長くなったのでまとめると、古くなった点があるのは否めないにせよ、今なお「決定版」と呼ばれるに羞じないシリーズだと思います。未読の方は、一見の価値ありかと。
さて。このシリーズで心に残った場面の一つに、冒頭で述べた紫式部が登場する場面があります。ただ一人、筆を執って源氏物語を書き進めようとする紫式部、以下のようにひとりごつのです。
宮廷で、はなやかな毎日をおくる人も……、 それぞれに苦しみや悲しみをせおって生きているはず……。わたくしは、人生のほんとうの姿をこの物語に書きとめておきたい………。(『学習まんが少年少女日本の歴史5貴族のさかえ』小学館 99頁)
思えば、どんなに恵まれたように見える人物でも、強者に見えようとも、内面に苦悩や悲哀がないとは誰も断言はできますまい。否、人の世のはかなさを思えば、よろずの人は程度の差こそあれ苦しみ・悲しみを背負っているとみる方が妥当ではないでしょうか。世の中、理不尽な思いをして怒りをぶつけるのは、当然のことではあるでしょう。自らが弱者である事を訴え、是正を求めるのも尤もな事でしょう。しかしながら。その際に他者を人格否定したり、「誰某は弱者ではない」と言ってしまうのは慎みたい、個人的にはそう思います。極論かもしれませんが、宇宙から見れば、人間すべて大同小異、須く弱者ではないか、そう思います。どんな人間でも、いずれは烏有に帰すのですから。
関連サイト:
「うらなか書房のあやしいグッズあります」(https://uranaka-shobou.com/)より
「浮き沈みが激しかろうがそうでなかろうが基本的に人生はつらい」(https://uranaka-shobou.com/life-is-hard/)
自分が辛いときであっても、強者に見える相手に対しても「あの人はあの人で大変なのだ」という視点は心のどこかに持てる自分でありたい、と思っています。無論、だから主張を変える必要などありませんが、そうした思いをどこかに持っていれば言葉遣いが変わったり視野が広くなったりはするんじゃないかな、と考える次第。言うは易し、ではありますけれど。
【参考文献】
呉座勇一『一揆の原理』ちくま学芸文庫
『学習まんが少年少女日本の歴史5貴族のさかえ』小学館