恋歌の詞書を見ていると、たまに面白い in 『後撰和歌集』
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まず最初に取り上げるのは、『後撰和歌集』巻第九 恋歌一に収載された伊勢の歌
思川たえずながるる水のあわのうたかた人にあはで消えめや
(塚本哲三校『古今和歌集・後撰和歌集』有朋堂書店 302頁)
<超意訳>
想いが川の流れのように絶えず流れる中、その流れの水の泡のように、人にも会わず消えてしまいたい。
この歌の詞書きは、
まかる所しらせず侍りける頃又あひしりて侍りける男のもとより日頃尋ね侘びてうせにたるとなむ思ひつるといへりければ
(同書 同頁)
<超意訳>
居場所も知らせずおりました頃、恋仲であった男から「この頃、貴方を探し当てられず、消えてしまったと思った」と言ってきたので
源さねあきら頼む事なくば死ぬべしといへりければ
徒(いたづら)にたびたび死ぬといふめれば逢ふには何をかへむとすらむ
(共に同書 339頁)
<超意訳>
源信明が「想いを受け入れてくれなければ、私は死んでしまう」と言ってきたので
むやみやたらに、たびたび「死ぬ」と言うようですが、私と恋仲になるには何を引き替えになさろうというのでしょう?
まだあはず侍りける女の許に死ぬべしといへりければ返事にはや死ねかしといへりければ又遣しける
同じくば君とならびの池にこそ身を投げつとも人にいはれめ
(同書 372頁)
<超意訳>
まだ逢瀬にこぎ着けられずにいる女のところへ、「このままでは死んでしまう」と言い送ったところ、返事に「早く死んでしまいなさい」とあったので、またこう言い送った。
どうせなら、貴方と隣り合わせの池へと身を投げた、と人に言われたいものだ。
関連サイト:
「顔文字やAAのブログ」(http://ascaa.miyakat.info/)より
「やる夫「頼む・・・チラッ」のAA(アスキーアート)」(http://ascaa.miyakat.info/article/179795076.html)
そして、それに対する返歌もすごい。現代なら、下手すれば通報案件かも。
ちなみに「ならびの」とは隣り合わせのといった意味でしょうけど、京都の歌枕であった「双池」ともかけているかも。「双池」とは、京都郊外の双ヶ岡(京都市右京区御室)、三の丘の麓にあった池だそうです。
詞書だけを見ていても、興味尽きないものですね。「人間って、以外と変わらないものだ」と思ったり、「なかなか強烈な物言いだなあ」と感じたり。書き残した当人にとってどうかは、分かりませんが。まあ勅撰和歌集だし、名誉に感じていると思いたいところ。他に、こうした駆け引きに満ちていそうな遣り取りをどこまで言葉通りにとって良いのか、という問題もあったりはしそう。
塚本哲三校『古今和歌集・後撰和歌集』有朋堂書店
『日本人名大辞典』講談社
『世界大百科事典』平凡社
『大辞泉』小学館