現在、僕が愛好する近代文豪は森鴎外、次に永井荷風といったところ。しかし子供時代に最もよく読んだのは、芥川龍之介の作品でした。同様に、幼いころに芥川作品に親しんだ人は、多いんじゃないでしょうか?そうした作品の中でも、特に興味深く読んだものの一つに今回取り上げる『俊寛』があります。
まずは、歴史人物としての俊寛について概略をば。俊寛は、平安末期の僧侶。法勝寺の執行として後白河院の傍近くに仕えました。当時権勢を誇った平家への反乱計画とされる鹿ケ谷の陰謀に加担したとされ、鬼界島に流されます。ともに流された二人はやがて赦免されるものの、俊寛ただ一人流刑地に残され現地で没したといわれています。その悲劇は『平家物語』などの物語文学や能などでも題材とされています。
さて。そんな悲劇の主人公として知られる俊寛。この芥川作品では、どう描かれているか。結論から申し上げますと。「住めば都」と言わんばかりに逞しく現地の暮らしに馴染み、健康そうに日に焼けて、どこか楽し気な様子さえ漂わせながら元気に生きていました。そうした俊寛の離島ライフを、島を訪れた従者・有王が主から聞いたのを回想して帰郷後に語るという形式の作品となっています。
政治的な災厄に巻き込まれながらも、笑顔やユーモアすら忘れない本作の俊寛。まあ、流刑仲間を相手にした振舞の数々はちょっと大人げないんじゃないかと思わなくもないですが。もっともこれも、俊寛の口を借りた芥川自身の見解が多々混じっているのでしょうね。俊寛が作中で言っている内容の数々は、近代知識人の言いそうなそれでしたし。まあそれを差し引いたとしても、うなづける点もありましたし、徒然に楽しんで読む分には問題ないでしょう。歴史ものとして見ることは、無論できませんが。
余談ながら。楽しんで読んだ部分の一つに、俊寛が自分は謀反に加担していない、確かに平家の天下はないにしかぬかもしれぬが、自分自身も含め他の誰かだって天下を統べるには不適格だと論じる場面があります。どこか人を食った言い草にクスリとする一方、今日においても笑い飛ばしえないものを感じたりもします。とはいえ、生存するため公共の生活インフラが欠かせない今日においては、俊寛のように「どの天下も結局あるのはないに若(し)かぬ」と嘯いてもいられません。仏の天下でなければ理想郷にはなりえないからといって、五十六億七千万年待つわけにもいきません。現代は、誰もが何らかの形で政治にかかわれるのが良い点である一方、何人も天下の行く末に何らかの責任を負わざるを得ないのが面倒なところでもあり。まあ、仏を待てぬ以上、天下を放置できぬ以上、「理非曲直(りひきょくちょく)も弁(わきま)えず」「食色(じきしき)の二性を離れぬ」凡夫たちで雁首並べてやっていかざるを得ません。何とか、最悪の選択肢だけは回避できるよう、無い知恵絞っていく他ないですね。(括弧内は芥川龍之介『俊寛』より)
さて。子供時代に楽しんだ本作でしたが、大人になって読み返し心に残ったことが一つ。流刑地でも運命を受け入れ楽し気に暮らしているかに見える俊寛。しかしその奥底には、
艱難(かんなん)の多いのに誇る心も、やはり邪業(じゃごう)には違いあるまい。
人界(にんがい)に生れ出たものは、たといこの島に流されずとも、皆おれと同じように、孤独の歎(たん)を洩(も)らしているのじゃ。
所詮(しょせん)人界(にんがい)が浄土になるには、御仏(みほとけ)の御天下(おんてんか)を待つほかはあるまい。
(いずれも同作より)
といった人の世に対する諦観がある。人間存在に対する「寂しさ」「哀しみ」がある。それを下敷きにしたうえで、
三界一心(さんがいいっしん)と知った上は、何よりもまず笑う事を学べ。笑う事を学ぶためには、まず増長慢を捨てねばならぬ。(同作より)
と有王にも説き、そして恐らくは自らにも言い聞かせている。
鴎外や尊氏に通じるようなものを感じます。少年時代からすでに、僕はそうした人間像に惹かれる傾向があったのかもしれません。
ちなみに「三界一心」とは「三界唯心」ともいい『華厳経』にある教えで、世界のあれこれは、心のあれこれが現れたもので心を離れては存在しない、という意味だそうです。
※2019/3/13 誤字を修正。