2019年 05月 04日
近年の上杉謙信研究成果を、『童貞の世界史』視点から~兄父子への配慮?実は妻帯?~
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どうも。松原左京です。この頃は、歴史上人物に関する、新しい研究成果を盛り込んだ書籍をよく見るようになりましたね。それによって従来のイメージと異なる一面が浮かび上がった偉人も多いようです。
さて、「生涯不犯」と語られる事もある戦国大名・上杉謙信に関する新たな書籍も出ているようです。今福匡先生の手による『上杉謙信 「義の武将」の激情と苦悩』。今回は、この一冊からうかがえる、上杉謙信と婚姻云々に関する話題の部分を少しだけご紹介しようかと。
『童貞の世界史』では、謙信は本編でなくコラムでの扱いになっています。寵愛する家臣と関係があったとする文献もあったためです。当時の名門公家・近衛前嗣が謙信に「若衆好き」であるという話がある、と記した件は今福先生の著作にも言及があるところ。
さて、生涯不犯だったかはともかく。謙信が妻帯しなかった、という話は廣く知られています。その理由について、江戸時代中期の『御年譜』が述べているところによれば。「御身清浄ニシテ自然ト塵慮ヲ遠ケ」たのは「晴景父子ヘ節義ヲ守ラル」(今福匡『上杉謙信 「義の武将」の激情と苦悩』星新社新書 116頁)という理由だった、とのこと。『御書集』にも同様の話が記録されているそうです。しかしながらそういった心配りにもかかわらず、晴景の子は夭折してしまったのだそうで。
江戸初期の大名・徳川光圀を連想させる伝承ですね。光圀にも、兄を差し置いて藩主となった形となったのを気に病んだのか兄の子を養子に取り家督をそちらの系統に継がせた逸話がありますから。謙信も、兄・晴景から家督を受け継いだ際に似たような思いを抱いた可能性あるのかも。ただ、後世の書に出てくる話なのでどこまで信用できるかは微妙なようです。
一方で、謙信が実は妻帯していたとする系譜もあるようです。『安田本長尾系図』には、「六郎晴景」の息女の一人が「景虎之妻娶」であると記載されているとか。兄の聟となる事で、家督継承の正統性を高めようとしたという事でしょうか?ただ、これも後世の軍書の影響を受けている可能性があるそうで、基本的に信用はできないのだそうです。
兄の系統を憚って妻帯しなかったとする記録もあれば、実は妻帯していたという記録もあり。虚実はともあれ、いずれも家督を受け継いだ兄を尊重した形の伝承なのは、謙信を知る上で面白いポイントかもしれません。それにしても、上杉謙信という非常にメジャーである筈の人物についても、我々はまだまだ分かっていないという事でしょうね。今後の研究進展が楽しみでもありますし、私もまだまだ勉強していかなくては。
参考文献:
今福匡『上杉謙信 「義の武将」の激情と苦悩』星新社新書
『日本人名大辞典』講談社
磯田道史『殿様の通信簿』新潮文庫
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今福先生の著作を拝見する限りでは、謙信の実母は早世しておりどこまで上記記事に出てきた推測があてはまるかは微妙のようです。
室町・戦国における妻帯しなかった有名武将の話。
妻帯・子孫に興味を持たなかったという話も残る、有名な武士の話。
by trushbasket
| 2019-05-04 16:27
| 松原左京









