この度、京都アニメーションを襲った災厄。犠牲になられた方への哀悼を表し、また負傷された方々の回復を心から祈ります。僕自身も関西に縁が深く、マンガ・アニメを始めとする娯楽文化を愛好する人間として、衝撃を禁じえず、まだ受け止め切れていないところがあります。ただただ、辛く悲しい。
…さて。少し前、晩唐の詩人・杜牧の作と伝えられる七言絶句『清明』を記事で取り上げさせていただきました。
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「<漢詩鑑賞>伝・杜牧作『清明』」
この詩、昔から有名であったせいか、パロディの題材にもされたそうで。今回は、その一つを御紹介しようかと思います。今回御紹介するパロディ詩の作者は、ホー・チ・ミン。御存じの方も多いと思いますが、ベトナムの独立運動家でベトナム共産党創始者、ベトナム建国の父にあたる人物です。彼は長らく中国を活動拠点としていましたが、その最中に蒋介石政権に捕らえられた経験があるそうで。その時の経験をまとめた獄中日記の中に、件のパロディ詩もあるのだとか。では、見ていきましょう。
清明時節雨紛紛
籠裏囚人欲断魂
借問自由何処有
衛兵遥指弁公門
<読み下し>
清明の時節 雨紛紛
籠裏の囚人 魂を断たんと欲す
借問す 自由 何れの処にか有る
衛兵 遥かに指す 弁公門
(漢詩原文、読み下しとも一海知義著『漢詩入門』岩波ジュニア新書 134頁より)
<超意訳>
清明の時期に、降りしきる雨
獄中の囚人は、気分が滅入ってしまう
お尋ねします、自由はどちらに?
そう問うと、衛兵は遥か先の、刑務所の門を指差した。
平仄は、下記の通りです。 ○が平声、●が仄声、◎は平声で韻脚。なお、平仄については
こちらを参照ください。韻脚は紛、魂、門の「上平声十三元」。
○○○●●○◎
●●○○●●◎
●●●○○●●
●○○●●○◎
ここで、語句説明。
・弁公門…役所の門、ここでは刑務所の門。衛兵は、「尋問に対して正直に白状すれば、解放してやるぞ」と示している訳ですね。無論、この時代に反体制派を捕らえて取り調べている訳ですから、身体的な拷問もあった事でしょう。
起句はネタ元の詩そのままで、他の句も元の詩の句を残せるところは残している事が分かると思います。それでも、ここまで陰鬱な雰囲気に変わるものなのですね。
ベトナムが日本や朝鮮半島と同様に中国文明の影響を強く受けている事、そしてその中で育ったホー・チ・ミンが中国文学の素養も豊かな教養人であった事が実感できる逸話であると思います。
【参考文献】
一海知義著『漢詩入門』岩波ジュニア新書
『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』ロゴヴィスタ
『角川新字源改訂版』角川書店
菅原武『漢詩詩語辞典』幻冬舎ルネッサンス
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そもそも「清明」が何か、ピンとこない人も少なくないんじゃないかと。
やはり反体制政治活動家が残した、興味深い漢詩。
統一後のベトナムに関するお話。