2019年 08月 04日
『童貞の世界史』落選者列伝・小西来山~俳人の辞世「生まれた咎で死ぬ」?~
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どうも、松原左京です。久々に『童貞の世界史』落選者列伝をやってみようかと。
今回取り上げるのは、江戸時代の俳人・小西来山(1654-1716)。来山は和泉(大阪府)の出身で、俳諧を前川由平・西山宗因から学びました。元禄頃の上方における代表的な俳人の一人で、上島鬼貫と共に伊丹派をおこしています。著作に『大坂八五十韻』など。
豪放磊落でかなりフリーダムな為人だったとされ、愉快な逸話もあるようで。詳細はこちらの記事にありますので、興味のある方は御覧戴ければ。
そうした逸話の存在や、『近世畸人伝』に「妻もなかりし旨は、女人形の記といふ文章にてしらる」( 伴蒿蹊著『近世畸人伝』森銑三校註 岩波文庫 133頁)とある事から生涯独身であったと思われました。童貞だったかは、分かりませんけれど。
ところが、後の研究からは、過去帳の記載より二度結婚していた事が判明しているようです。
関連サイト:
「京扇堂」(https://www.kyosendo.co.jp/)より
「第108話 『小西来山(三)、作品と生涯』」(https://www.kyosendo.co.jp/essay/108_konishi_3/)
という訳で、『童貞の世界史』としては落選者扱いと相成った次第です。
ところで。来山が残した辞世は、以下のようであったそうです。
来山はうまれた咎で死ぬる也それでうらみも何もかもなし(同書 134頁)
…「生まれた事が罪」、ですか。何とはなく、反出生主義を思わせる響きを感じます。「罪」といえば、小林一茶には
米蒔くも罪ぞよ鶏(とり)が蹴合うぞよ(大星光史『日本の仙人たち』東書選書 197頁)
という句が。鳥に餌をやるため米を施してやっても、それが争いの種となる。「生きていると言うことは、それ自体が罪のもとなのかもしれない 」、そんな趣きも感じる句ですね。
…話が横道に逸れた上、何だか暗くなってきたのでまた話題を転じましょう。来山の句風は、晩年には蕉風に近い趣を呈したといいます。来山は生涯にわたり俳諧の理想を追求し、時代の空気を敏感に感じ取ってきた。それを反映しているのかもしれません。
参考文献:
伴蒿蹊著『近世畸人伝』森銑三校註 岩波文庫
大星光史『日本の仙人たち』東書選書
『朝日日本歴史人物事典』朝日新聞出版
『日本人名大辞典』講談社
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by trushbasket
| 2019-08-04 14:19
| 松原左京









