2019年 11月 09日
中唐の女性詩人・薛濤〜校書、薛濤箋〜
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中国文学史を彩ってきた数多の漢詩人たち。当然ながら、そのなかには女性も含まれています。
有名なところでは、森鴎外が小説で取り上げた魚玄機がいます。唐末に活動し、豊かな才を持ちながら罪を犯して処刑された悲劇の女性詩人です。
他の有名どころとして、やはり唐代に活躍した薛濤という人物もいます。字は洪度。長安の名家に生まれましたが、父が赴任先の成都で没したため生活に窮し妓女となったそうです。機知に富み詩も巧みであったため、歴代の節度使や多くの名士たちから評価されました。親交を結んだ詩人としては、元稹・白居易・劉禹錫・牛僧孺・張籍・杜牧などが挙げられます。中でも元稹は彼女の才能を買って校書(写本などの文字等を他の本と照らし合わせ訂正したりする)に当たらせたという伝承があるそうで、そこから妓女を「校書」と称するようになったとか。
薛濤は後に浣花渓で隠棲し、現地の紙を用いて深紅の小型便箋を作成。これは世間から「薛濤箋」「浣花箋」と呼ばれ、流行しました。彼女が紙を漉く際に用いたという「薛濤井」が後世まで残っていたそうで、長く愛された詩人である事が察せられます。
我が国においても、女性漢詩人が増加した徳川後期から受容され、近代にも和文翻訳という形で愛好されたそうです。
さて。個人的なお話を致しますと、この薛濤の詩を以前、どこかで掛物として目にした覚えがあるのです。これも、上述した日本での受容の結果なのやら。折角なので、その詩をここでご紹介します。ひょっとしたら、現代語訳はおかしいかも。その際はご了承を。何しろ、当たった文献やサイトで解釈がまちまちだったので。
試新服裁製初成 三首 其三
長裾本是上清儀
曾逐群仙把玉芝
每到宮中歌舞會
折腰齊唱步虛詞
(廖美雲著『唐妓研究』臺灣學生書局 206頁)
試みに新服を裁製し初めて成す 三首 其の三
長裾 本は是れ 上清の儀
曾て 群仙を逐ひて玉芝を把る
宮中 歌舞の会に到る毎に
腰を折りて 歩虚詞を斉唱せん
<超意訳>
新しい服を作ったので試しに詩を作りました 三首のうち、その三
この度作った長い裾の衣服は、もともと私たち妓女の住まう仙人世界の決まり事。
これまで、立派な方々に付き従い、仙薬である霊芝をとってきました。
これから、宮中で皆様のおられる歌舞の会に参るたびに、
恭しく礼拝して「歩虚詞」を皆で歌おうと存じます。
妓女として客人たちの歓心を巧みにかっている内容のようですね。ひょっとして、この新しい衣服というのも客人からの贈り物を仕立てたとかでしょうか?
平仄は、下記の通りです。○が平声、●が仄声、◎は韻脚になります。
⚪︎⚪︎⚫︎⚫︎⚫︎⚪︎◎
⚪︎⚫︎⚪︎⚪︎⚫︎⚫︎◎
⚫︎⚫︎⚪︎⚪︎⚪︎⚫︎⚫︎
⚪︎⚪︎⚪︎⚫︎⚫︎⚪︎◎
平起式七言絶句で、韻脚は「儀、芝、詞」の上平声四支。なお、平仄を始めとする漢詩の規則については、こちらをご参照ください。
以下、語句の解説を。
・長裾
裾の長い上着
・上清
上清天。太上道君が住まう世界。ここでは、仙人世界といった意味か。当時、妓女は仙女に擬せられる事がしばしばであった。
太上道君は老子の「道」を人格化した神で、神仙の主催者・元始天尊の弟子にして太上老君(老子)の師匠とされているという。因みに元始天尊の玉清天、太上道君の上清天、太上老君の太清天を三天と呼ぶ。
・逐
ここでは「後を追う」、即ち「付き従う」といった意味のようだ。
・群仙
多くの仙人、転じて多くの立派な人々。
・玉芝
霊芝、即ちマンネンタケ。不老長生に効能があるとされ仙薬として珍重された。
・歩虚詞
道教で道士により歌われた、「道」の世界の法悦を称える歌の形式。六朝時代から唐にかけて、道士だけでなく一般詩人も好んで作詞したという。
【参考文献】
『日本漢文学研究 第七号』二松学舎大学より横田むつみ「日本における薛濤詩の需要」
『日本大百科全書』小学館
『世界大百科事典』平凡社
『精選版 日本国語大辞典』小学館
『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』ロゴヴィスタ
近藤春雄『唐代小説の研究』笠間書院
『中央史壇 第六巻』國史講習會
廖美雲著『唐妓研究』臺灣學生書局
『角川新字源改訂版』角川書店
菅原武『漢詩詩語辞典』幻冬社ルネッサンス
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by trushbasket
| 2019-11-09 20:02
| NF









