「最後の元老」西園寺公望の漢詩 in 清風荘〜絶句のようだけど、実は古体詩?〜
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近代日本の政治家に、西園寺公望という人がいます。明治末期から大正初期にかけて桂太郎と交互で政権を担い、その後も昭和初期まで政界への影響力を保持して「最後の元老」と呼ばれました。
その西園寺は、京都に「清風荘」という別荘を保有していました。元来は彼の生家であった徳大寺家の別邸だったのですが、後に住友家が所有し公望が使用するようになったという事です。住友家の当主であった友純はやはり徳大寺家から養子に入った人物、すなわち公望の実弟だった縁によるものでしゃう。公望にとって故郷にあるこの別邸は大事な場所だったのか、造営の際には建材や設計にまで事細かな指図を出したそうです。それだけに、近代の名建築・名庭園と称するに足るものとなっています。
この清風荘、京都大学本部キャンパスの北に位置しているのもあってか、現在では京都大学が管理しています。
さて。以前、縁あってこの清風荘の内部を拝見する幸運に恵まれた事があります。その際、床の間に掛けられていたのが西園寺の手による漢詩。メモした限りでは、こんな内容の詩でした。
泛海即興 陶庵公望
八月潮高海気豪
一搏健鶻半空翶
扁舟載酒軽如葉
踏破狂風捲怒涛
海に泛びて即興
八月の潮は高く海の気は豪なり
一搏す 健鶻 半空に翶(か)ける
扁舟 酒を載せて軽きこと葉の如し
狂風を踏破せんとして怒涛を捲く
<超意訳>
八月の潮は高く、海の天気は荒れている。
一つ羽ばたきして元気そうなハヤブサが、空を駆けるかのように飛ぶ。
私の乗る小舟は酒を載せて、木の葉のように軽いけれども
激しい風を突き抜けてやろうとばかり、荒波をものともせず進んでいる。
平仄は、以下の通り。○が平声、●が仄声、◎は韻脚になります。平仄を始めとする漢詩の規則については、こちらをご参照ください。
●●○○●●◎
●●●●●○◎
○○●●○○●
●●○○○●◎
韻脚は下平声四豪「豪、翶、涛」。
ただ、絶句とすると、平仄がおかしい。承句の二文字目は、平声でなければならない筈です。この作品は、そうした縛りの緩い古体詩と見るべきでしょうか?
最後に、簡単な語句解説をば。
・泛 「浮」と同じ。
・陶庵 西園寺公望の雅号。
・搏 「撃つ」といった意味合い。「羽搏」という言葉があるのも考えると、ここでは「羽ばたく」(変換で「羽搏く」とも出てきました)という意味かと。
・鶻 「コツ」と読み、ハヤブサの事。
・翶 「コウ」と読み、飛び回る事。
・扁舟 小舟の事。「扁」に小さい、という意味がある。
【参考文献】
鈴木博之監修、和田久士写真『元勲・財閥の邸宅』JTB
一海和義『漢詩入門』岩波ジュニア文庫
『精選版 日本国語大辞典』小学館
『動植物よみかた辞典 普及版』日外アソシエーツ
『世界大百科事典』平凡社
『大辞泉』小学館
『角川新字源改訂版』角川書店
菅原武『漢詩詩語辞典』幻冬社ルネッサンス
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