文豪・永井荷風の、反出生主義な香り漂う晩年の詩『草の花』〜生まれたのが苦しみの元、それでも、生きていく〜
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どうも、松原左京です。これまで、折に触れて
人の才や器は人体の一局所の特殊な摩擦経験の有無によって決まるものではない
独りで生きて何が悪い
と申し上げてきました。
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今回もそれに関係なくもないお話をさせていただこうかと。近代文豪の一人に、永井荷風という人がいます。彼は非常に癖の強い為人で、成人後における年月の大半を一人暮らしで過ごし、所謂「孤独死」というべき最期を遂げています。
まあ、結婚歴はありましたし、異性関係はかなりお盛んな人だったようなので、「童貞」云々とは残念ながら無縁。しかし、上述したスローガンの後半部分「独りで生きて何が悪い」という点においては、非常に参考になりそうな存在かとは存じます。
そんな荷風が晩年に残した詩を、今回は取り上げようかと。お題は、一連作品『乱余漫吟』の一つ『草の花』。昭和二十九年(1954)一月一日「中央公論」第六十九年第一号に掲載されました。
生れしが歎きのもとと知りながら
病めば猶薬のみつつ今日も暮しつ。
君よ、笑うなかれ。
この年月語りしわが言葉皆いつわりなりと。
世をいといつつも生きて行く矛盾こそ
人の世の常ならめ。
生を呪いながらも人の世には
瞬間のなぐさめあり。束の間のよろこびあり。
ミユツセが詩をよみし時の心はそれならずや。
モザルトききし時の心地はそれならずや。
詩を読み楽を聞きて
われ猶わかしと思う時の心地はそれならずや。
言いがたき此のよろこびに酔はされて
われは病みつつも死なで在るなり。
死を迎へながら猶死をおそる。
枯れもせで雨に打るる草の花
萎れながらに咲くはわが身か。
君よ。道ばたの花踏むなかれ。
(『荷風全集 第二十巻 裸体 偏奇館吟草』岩波書店 329-330頁)
この世に生まれた事自体が苦しみ、嘆きの原因。いきなり冒頭から、これです。いかにも、反出生主義を思わせるフレーズですね。まあ、日記『断腸亭日乗』を見る限り、荷風は子供嫌いでもあったので反出生主義というよりチャイルド・フリーに近いのかもですが。
関連サイト:
「うらなか書房のあやしいグッズあり〼」(https://uranaka-shobou.com)より
「反出生主義とチャイルドフリー」(https://uranaka-shobou.com/antinatalism-childfree/)
そして、世を呪詛し拗ねたような、現世否定のような趣もある。この世に生まれた事自体が不幸の源、という考え方は確かに反出生主義と通じるものがある、と称して問題なさそうですよ。
しかし、それでも。断じて、死にたい訳じゃない。生きる中で楽しみや喜びがない訳じゃない。生への執着がない訳じゃない。
世間への厭悪を抱え、人生を呪いつつ孤独に生きてはいるけれど、それでも生きる喜びは厳然として存在する。生への渇望は、確かにある。
反出生主義的、厭世的な心情は根底にあるけれど、決して克服もしていないけれど、それでも生きていく。他責の念と共に他人にぶつけるでなく、独り抱えて生きていく。厭世観をもそのまま受け入れて、一種の諦念と共に精一杯前を向いて生きていく。
世を拗ねて、時代に背を向けつつ偏屈に生きた荷風。しかしそんな彼も、老年に至ってなお、前を見据えようという気概は失せていない。厭世観を抱えつつも、世の中の美点を見失ってはいない。老年の孤独感や哀感に満ちていながら、厭世観や反出生主義的な趣さえ漂わせながら、そのくせこの世や人間への賛歌でもある。
私は、そんなこの詩に、何とはなしに惹かれてやまないのです。何故か、この詩から力を貰った気になる事もあるのです。
独りで生きて何が悪い
そんな想いを引き出す余地が、この詩にはあるからかもしれません。
世間や世人への絶望を秘めていようと、世を拗ねて偏屈であろうと、生きていて良い。人生を楽しんで構わない。
そんなメッセージが伝わってくるような、そんな気がするからかも知れません。
参考文献:
『荷風全集 第二十巻 裸体 偏奇館吟草』岩波書店
永井荷風著 磯田光一編『摘録 断腸亭日乗』(上)(下) 岩波文庫
永井永光、水野恵美子、坂本真典『永井荷風 ひとり暮らしの贅沢』新潮社
松本哉『永井荷風という生き方』集英社新書唐木順三『無用者の系譜』筑摩書房
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※2019/12/29 誤字修正。








