『童貞の世界史』落選者列伝 オーストリア大公マリア・エリザベート〜ネーデルラントの支配安定と経済・文化発展に貢献した敬虔なる領主〜
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どうも、松原左京です。『童貞の世界史』に候補として挙がりながら、資料不足のため見送りとなった傑物たちを落選者列伝として適宜ご紹介して参りました。
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今回のお題は、オーストリア大公マリア・エリザベート(Maria Elisabeth of Austria 1680-1741)。日本で知られているとは言い難いですが、ハプスブルク家支配下のネーデルラント統治に力量を発揮した人物です。
マリア・エリザベートは神聖ローマ帝国皇帝レオポルド1世の娘としてリンツで生まれました。カール6世の姉ですから、かのマリア・テレジアの伯母に相当します。
彼女が弟である皇帝によってネーデルラント(現ベルギー)総督に任じられたのは1724年の事。プリンツ・オイゲンの後任としての赴任でした。翌年にブリュッセルに入城して以降、生涯をネーデルラント統治に捧げる事となります。ただし、色々あって居館は何度か変えているようです。
総督として、マリア・エリザベートは議会を召集。自治を求める動きに対抗してハプスブルク家支配を固める一方、特権を与えて懐柔し経済的発展を促すなど飴と鞭を使い分けた巧みな統治を行いました。その手腕は「繊細かつ力強い」ものであったとバーナード・A・コックは評しています。
これに加えて統治安定政策の一環として、彼女はウィーン風宮廷儀礼を導入。更にイタリアや中欧から芸術家・音楽家を招いて文化振興にも熱心でした。
一個人としては、マリア・エリザベートは熱心なカトリック信徒として知られました。毎年の聖木曜日(※)には、伝統に則ってブリュッセルの貧しい女性たち十二人を招いて脚を洗い、食事や衣服を与えるのが常であったと伝えられています。
※ 復活祭前の木曜日をこう呼ぶ。キリストと弟子たちの「最後の晩餐」を記念する。午前中は聖香油のミサ、夕方には洗足式が行われる。キリストが弟子たちの足を洗った逸話に由来するという。
オーストリア大公マリア・エリザベートは、生涯独身を貫きました。上述した通り、彼女は敬虔なカトリック信徒でしたから、婚前交渉はなかった可能性が高いとは推測されます。しかしながら、資料不足もあり確証を得るには至らず落選者扱いと相成りました。
とは言え、もっと知られて良い傑物であると考え、この場にてご紹介する次第です。
参考文献:
Paul F. State, Historical Dictionary ofBrussels, Rowman & Littlefield
Michael Hochedlinger, Austria's Wars ofEmergence, 1683-1797, Routledge
Edited by Anne J. Cruz, Maria GalliStampino, Early Modern Habsburg Women: Transnational Contexts, CulturalConflicts, Dynastic Continuities, Routledge
Bernard A. Cook, Belgium: A History, PeterLang
Janet K. Page, Convent Music andPolitics in Eighteenth-Century Vienna, Cambridge University Press
『世界大百科事典』平凡社
『大辞泉』小学館
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