『童貞の世界史』落選者列伝 ルドルフ2世~政治的には厳しい評価も、文化庇護者として名を残す~
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ルドルフ2世は、ハプスブルク家出身。神聖ローマ皇帝マクシミリアン2世の子として生まれ、スペインで教育を受けました。1576年に帝位を受け継ぎ、ボヘミア王・ハンガリー王も兼任。
熱心なカトリック教徒であった事もあり、反宗教改革に強力な支援を行ないます。しかしこれが反発を呼び、ボヘミアにおけるシュテファン・ボクスカイの乱やドイツにおける諸侯間対立の激化を招く結果に。こうした火種は、やがて三十年戦争へ列なる禍根となっていきます。
更に、従兄弟のフェルディナントを後継者にしようと目論んだことから弟マティアスと争う事となり、最終的にはハンガリーやモラビア、オーストリアを1607年にマティアスへ譲渡する羽目になり自らの権限がきわめて小さなものとなってしまいました。更に1609年には、ボヘミア貴族たちの要求に応じて信仰の自由を認めざるを得なくなるなど政治的事跡は厳しいものがあるようです。
しかし、彼の名を後世に高からしめたのは、残念な統治者としてだけではありません。ルドルフは教養に富み、芸術や学問を愛しました。中でも錬金術・化学や天文学に強い関心を示し、チコ・ブラーエやヨハネス・ケプラーといった学者やアルチンボルドといった画家たちがその庇護を受けています。そして芸術収集にも熱心で、ブリューゲルやデューラーの作品を多数購入。ルドルフが居住したプラハは、学芸の都として繁栄したのです。
政治家としての厳しい評価と、文化面での高評価。何だか、北宋の徽宗皇帝や我が国の足利義政将軍を連想させます。偉人と称してよいかは悩ましいですが、西洋文化史において小さからぬ存在感を示した存在と見ることはできるかと考えます。
さて。このルドルフ2世は生涯独身を貫きました。上述のように後継者を繞った騒動があったのも、それが一因です。熱心なカトリックでもあり、生涯純潔の可能性も考えられたのですが、男色を愛したという説もあったため採用見送りとなった次第です。
参考文献:
『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』ロゴヴィスタ
『日本大百科全書』小学館
『世界大百科事典 第2版』平凡社
江村洋『ハプスブルク家』講談社現代新書
中野京子『名画で読み解く ハプスブルク家12の物語』光文社新書
Robert A. Kann, A History of the Habsburg Empire, 1526-1918, University of California Press
Jo Eldridge Carney, Renaissance and Reformation, 1500-1620: A Biographical Dictionary, Greenwood Publishing Group
Carmelo Peter Comberiati, Late Renaissance Music at the Habsburg Court, Taylor & Francis
Matthew Abergel, Gay Stars: The Ultimate Gay Guy's Guide to Astrology, Simon and Schuster
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