『童貞の世界史』落選者列伝 寒山〜伝説の隠遁詩人、実は妻子持ち、おまけに実在不明?〜
|
どうも、松原左京です。今回の『童貞の世界史』落選者列伝では、中国の伝説的隠遁詩人・寒山(生没年不詳)を取り上げます。
Amazon :『童貞の世界史: セックスをした事がない偉人達』楽天ブックス:『童貞の世界史: セックスをした事がない偉人達』
セブンネット :『童貞の世界史: セックスをした事がない偉人達』
当ブログ内紹介記事
寒山は、唐の時代に生きたとされる仏僧で、基本的に同じく詩僧である拾得とセットで扱われます。その概略は、『寒山子詩集』序によれば、以下の通り。
寒山は天台山国清寺近くの寒山に住んだ事からこう呼ばれており、拾得は国清寺の雲水であった豊干に拾われたためこの名があるのだとか。拾得は寺の厨房で働いていた関係から、食事の残り物を寒山のため取り置き、寒山は寺に出入りしてはそれを貰い受けていたそうです。ともに奇矯な行いが多かった一方で、世俗を超越した風があり多くの詩を残しています。豊干が評して曰く、寒山は文殊菩薩の、拾得は普賢菩薩の化身なのだとか。
彼等の詩は天台山の木石に書き散らされており、それを編纂したのが『寒山子詩集』なんだそうです。その詩は禅宗の教えっぽいもの、俗世を批判し隠遁の心を歌ったもの、人間的な悩みを詠んだものなど多岐にわたっています。
彼等の生き様は多くの禅僧たちを魅了したようで、中国や我が国で古くから禅画の題材とされてきました。また、近代文豪・森鴎外が二人を題材にした短編小説『寒山拾得』をものしたのは有名ですね。
そんな脱俗的な存在だった寒山ですから、生涯不犯でもおかしくない。道教でなく、仏教寄りな人物ですし。一見すると、そう思えてきます。
ところが。よく詩を読んでみると、こんな一節が出てきたりします。
山果携児摘
皐田共婦鋤
山果は児を携へて摘み、
皐田は婦と共に鋤く。
(太田悌蔵訳註『寒山詩』岩波文庫 34頁)
昨夜夢還家
見婦機中織
昨夜夢に家に還る。
婦の機中に織るを見る。
(同書 103頁)
妻や子と共に農村で過ごした時期もあった、そう読み取る事はできそうです。そして、天台山に入ってからも、かつての家に戻って妻の姿を見る夢を見たらしくもある。
ちなみに。諸田龍美氏は、
縁遭佗輩責
剰被自妻疎
佗の輩に責めらるるに縁り、
剰へ自妻に疎ぜらる。
(同書 88頁)
とあるのにも着目。読書好きだったが出世欲もなくうだつが上がらないため妻や周囲から責められ、自由を求め出奔したのではないか。そんな推測をなされています。余談ながら、読者に耽溺し妻に疎んじられた云々の詩句は、前漢の官僚・朱買臣の若き日における逸話を踏まえているらしいです。
あと、落選ついでに更に申し上げるなら。寒山も拾得も、実在したという確証がそもそも持てない。と申しますのは、先に述べた『寒山子詩集』序を書いたとされる閭丘胤という人物からして、実在を疑問視されている始末なのです。彼は朝儀大夫上柱国賜緋魚袋とかいう重々しい肩書のある偉い人な筈なのですが、『唐書』の伝に名が見えていない。これは、鴎外も上述した小説の冒頭で指摘する所です。そんな訳で、その序文で紹介された寒山と拾得も本当にいたのか、いたとしていつの時代なのか(唐のどこか、ではあるんでしょうけど)。そこからして疑わしくなるようです。現在では、『寒山子詩集』は複数の作者により幾つかの時代を経て編まれたのではないか、なんて推測もあるそうで。真相は、どうやら藪の中。
という訳で、伝説の隠遁詩人・寒山はどうやら妻子持ちらしいし、おまけに実在したかどうかも明らかでない。それが結論となりました。
参考文献:
太田悌蔵訳註『寒山詩』岩波文庫
『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』ロゴヴィスタ
『日本大百科全書』小学館
「青空文庫」(https://www.aozora.gr.jp/)より
「森鴎外 寒山拾得」(https://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/1071_17107.html)
諸田龍美『茶席からひろがる漢詩の世界』淡交社
関連記事:
『童貞の世界史』落選者列伝 卑弥呼~古代日本の、謎の多い女王~
流石に謎が多すぎて落選に至った事例。
『童貞の世界史』落選者列伝 アントニオ・サリエリ~名作映画の生み出した思わぬ虚像~
調べてみたら妻子持ちだった事例。
<言葉>「主人公」~どのように生きたいか、どんな人間でありたいか、常に自問自答を~








