2020年 02月 26日
<過去記事紹介>南北朝好きにとっての、二月二十六日~高師直、足利直義を偲ぶ~
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今日、二月二十六日といえば。南北朝好きにとっては、特別な意味合いがあります。すなわち、高師直(およびその一門多数)と、足利直義の命日。まあ、旧暦なので厳密には異なるのでしょうけど。
御存じの方も多いでしょうが、一応。足利直義は足利政権初代将軍・尊氏の弟に当たります。そして高師直は、尊氏の執事。直義と師直は、長年にわたり足利家、そして足利政権をもり立てるべく協力してきました。その成果もあって、南北朝動乱は足利方優位で推移し、政権運営も安定していきます。ところが皮肉なもので、それを契機として「戦後体制」を繞る形で両者の対立が表面化。ついには足利政権を真っ二つに割る形で内乱が起きました。これが観応の擾乱です。詳細は省きますが、まずは直義が師直を破り、師直とその一族の多くは直義方の手によって殺害されました。観応二年(南朝正平五年、1351)二月二十六日の事。ところが、ひとまず勝利を収めた筈の直義が、尊氏・義詮(尊氏の子)と対立に陥った末に敗北。そして、師直らが命を落としたちょうど一年後にあたる北朝観応三年(南朝正平六年、1352)二月二十六日、直義も鎌倉で急死したのです。この奇妙な一致は当時の人々にも感慨を与えた事は、『太平記』にも記されています。直義の死に関して、毒殺説が囁かれたのも、この辺りが一因だと思われます。
という訳で、今回はこの二人を偲ぶ形で、彼らに関連した過去記事をいくつかご紹介しようかと。
この二人を始めとした、南北朝主要人物たちの伝記書籍を紹介しています。
そのうち、師直の伝記書籍紹介がこちら。
直義の伝記のうちの一つ。上述した師直伝記の著者である亀田俊和先生にも、直義に関する著作があります。
亀田先生、そして師直・直義といえば、この一冊は外せないでしょう。
直義の、教養人としての一面について。
直義の戦術指揮官としての力量を再評価した記事。
世代交代問題に絡め、観応の擾乱にも言及。実を申しますと、この記事を描いた時期と今では僕の考え方にも少し変化が生じています。なので、この内容が正しいとは、今は必ずしも考えていません。ただ、世代交代に関する問題が内乱の一因になった事、如意王の夭折が直義にとって大きな打撃だった事は間違いないだろうな、とは思います。
おそらく南北朝最強としてあげる人もいるであろう、南朝の名将。彼を討ち取った事は、師直にとっては大殊勲の一つと言えるでしょう。
とりあえずこんなところでしょうか。過去記事紹介というより、南北朝関連書籍紹介になった気がしなくもないですが。
【参考文献】
兵藤裕己校注『太平記 五』岩波文庫
亀田俊和『観応の擾乱』中公新書
『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』ロゴヴィスタ
by trushbasket
| 2020-02-26 22:27
| NF








