朝倉義景の家臣が残した辞世の漢詩を見る〜文献によって少し違いが〜
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以前、越前の戦国大名・朝倉義景の辞世についてご紹介いたしました。
ご存知の通り、朝倉氏は浅井氏などと共に織田信長と戦い、最終的に滅亡に追いやられた勢力です。
さて、信長によって決定的打撃を被った最後の戦いにおいて、多くの朝倉家家臣が主君・義景を無事逃すべく奮戦し討死した事は知られており軍記物の記録にもあるところです。そうした家臣のうち、詫美越後守という人物が辞世として漢詩を残したとされています。今回は、その作品をご紹介しようかと存じます。
詫美越後守が残した辞世の詩を、『朝倉始末記』巻五はこう記録しています。
万恨千愁有驀然
誰圖今夜溺黄泉
古郷公莫成愁涙
屍暴戦場野外邊
(『改定 史籍集覽第六册』近藤出版部のうち『朝倉始末記』99頁)
万恨 千愁 驀然たる有り
誰か図らん 今夜 黄泉に溺れんとは
古郷 公 愁涙を成す莫れ
屍 暴すは 戦場 野外の辺
〈超意訳〉
千万に余る恨みや憂いが急に湧き起こる。
誰が予測できたろう、今夜私が来世へ赴く事になろうとは。
故郷の貴方よ、どうか悲しみの涙を流さないで欲しい。
戦場となった野外に私が屍を晒す事になったからといって。
この詩の平仄・押韻は以下の通り。◯が平声、●が仄声、◎は韻脚になります。平仄を始めとする漢詩の規則については、こちらをご参照ください。
●●○○●●◎
○○○●●○◎
●○○●○○●
○●●○●●◎
結句の四文字目が平音ですが、前後を仄音に挟まれる「孤平」になっていますから絶句でなく七言古詩と見るべきでしょうか。
一方、『常山紀談』巻四も同様に詫美越後守の辞世を記録しているものの、少し違ってこうなっています。
万恨千悲有驀然
誰識今夜入黄泉
故園更莫灑愁涙
屍暴戦場唯是天
(『新訂 常山紀談 上巻』至誠堂 118頁)
万恨 千悲 驀然たる有り
誰か識らん 今夜 黄泉に入らんことを
故園 更に愁涙を灑ぐ莫れ
屍 戦場に暴すは 唯 是 天なるのみ
意味合いも、少し変わっている感じ。
〈超意訳〉
千万に余る恨み悲しみが急に湧き起こる。
誰が予測できたろう、今夜私が来世へ赴く事になろうとは。
故郷の人々よ、決して悲しみの涙を注がないで欲しい。
私が戦場に屍を晒すのは、ただ天命に過ぎぬのだから。
こちらの平仄は、こんな感じ。
●●○○●●◎
○●○●●○◎
●○○●●○●
○●●○○●◎
こちらは、承句の二文字目が仄音になってます。起句・結句の二文字目が仄音なので、絶句形式なら転句同様平声になるはず。こちらも古詩なんでしょうな。
なお、『朝倉始末記』によれば、この時に討死を決意した他の武将も和歌で辞世を残しています。その中で詫美が漢詩を選んだ事については、「僧落ナレバ」(『改定 史籍集覽第六册』近藤出版部のうち『朝倉始末記』99頁)とのこと。詳細な意味は恥ずかしながら分かりませんが、仏僧かそれに準ずる経験があった、と解釈してよさそうな。当時、漢詩や漢籍に最も親しんでいるのは僧侶、というイメージがありますが、それを連想させるような一言でした。
以下、語句解説を。
・驀然
ばくぜん。急に起こる様。
・黄泉
こうせん。よみ。地下にある泉、といった意味で、死者が行くとされる世界のこと。
【参考文献】
『改定 史籍集覽第六册』近藤出版部
『新訂 常山紀談 上巻』至誠堂
『大辞泉』小学館
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