<過去記事紹介>この頃のあれこれから、思いつく記事を〜生死とはetc〜
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ここしばらくの話題と言えば、当然、新型コロナウイルス。また、Twitter上で良かれ悪しかれ話題を読んだWeb漫画も社会現象として無視できなさそう。
そういった話題を見聞きするにつけ、心に浮かぶ事もあったりしました。そうした事柄に関連してなくもない過去記事を、今回は徒然のままにご紹介しようかと。
新型コロナ、ワニ、いずれに関しても本書収載の「処刑」を連想する人がネット上で散見されたように思います。
「<言葉>「生死根源早可截断」~足利尊氏の毎年の書き初め~」
生きるとか死ぬとか、そういった事への執着を断ち切りたい。尊氏の生涯にわたる念願であったようで。
生きる事そのものが、人智ではどうにもならない事。だからこそ、あえて楽天的に。そんな空気の漂う歌も。
「<言葉>「世間虚仮 唯仏是真」~世の中の虚しさを嘆きつつも…~」
後ろ向き・悲観的にも、前向きにも捉え得る不思議な言葉。
「人は、生まれ、苦しみ、そして死ぬ」
こんな時期だけに、恐怖に駆られるのは当然だと思います。弱さが覗くのは、当たり前だと考えます。恐怖と向き合い、弱さを直視して飲み込まれない自分でありたいものです。
「<読書案内>pha『ニートの歩き方』 ~この世界で生きづらさを感じる人の重荷を、少しでも軽くできないものか~」
本書の著者は、別の著作『しないことリスト』で「義務教育を終えたら余生」という言葉に共感を寄せ、「人間はそのうち必ず死ぬものだし、少し遅いか少し早いかだけの違いと考えるしかないのかもしれない。」(pha『しないことリスト』大和書房)と述べています。どうにもならなさへの、こうした諦観とも受容ともつかない述懐は、何とはなしに惹かれるものが。
更に、こんなのもありました。
「「自分自身」になるのは、急いだ方が良い~人生、タイムアップが何時かは誰にも分かりません~」
「【言葉】看看臘月盡~いつタイムアップが来ても、悔いなきように~」
「人生、いつ終わりが来るかは誰にも分からない。だから、なりたい自分を見据えそうあれるよう常に意識して生きろ」、そんな感じの話に見えます。
「恋愛・結婚経験があろうがなかろうが、人間、最後は一人きり~たださびしくも 独死独来~」
人間、どう生きようが死ぬときは一人、そんな話でした。
色々と、気が滅入る出来事、腹の立つ話、そういったものが常にも増して多いこの頃です。これまでになく、生命の危険が身近になったこの頃です。「遅かれ早かれ、人は死ぬ。それがいつかは、誰にも分からん」、この非情な不変の事実を、否応なしに突き付けられているこの頃です。しかしだからこそ、生きるとは何か、いつ終わりが来るか予期できぬ中で自分自身として生きるとはどういう事か。そういった事を見つめ直すのも、心の平衡を保つ上でも良いかも知れません。絶望の淵で何とか踏みとどまるためにも、悪くないかもしれません。…言ってる僕自身も、できるかどうかわかりませんけど。
【参考文献】








