太田道灌と兼明親王〜山吹の歌が詠まれたシチュエーション〜
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太田道灌(1432-1486)、という武将をご存知でしょうか。江戸城を築城した人、という形で名を聞き知っている方はおられるかもしれません。扇谷上杉氏に仕えた武将で、名は持資、のち資長。道灌は法号です。足軽を動かす事に長じた名将であり、なおかつ和歌の嗜み深い文武両道の人だったそうです。
この道灌に、山吹伝説というべき逸話があります。初出は十八世紀前半に湯浅元禎が書いた『常山紀談』だそうですから、後世の創作なんでしょうけど。
この話、概要を『常山紀談』巻一から引用すると、以下の通り。
太田左衛門大夫持資は、上杉宣政の長臣なり。鷹狩に出でて雨に遭ひ、ある小屋に入りて、蓑を借らんと云ふに、若き女の、何とも物をば云はずして、山吹の花一枝折りて出しければ、花を求むるに非ずとて、怒りて帰りしに、是れを聞きし人の、それは七重八重花は咲けども山吹のみの一つだに無きぞ悲しき、といふ古歌の心なるべしといふ。持資驚きて、それより歌に心を寄せけり。
(『袖珍文庫30 常山紀談 一』三教書院 24頁)
要するに、鷹狩の帰りに雨に降られ、通りがかりの家で蓑を借りようとしたが、その家の女性は黙って山吹の花を差し出すのみ。道灌は意味を理解できず怒って帰ったが、後に人から、それは昔の和歌を踏まえて「お恥ずかしいですが、蓑はございません」と答えたものだ、と教えられ、道灌は一念発起して和歌に志を寄せた、という内容ですね。かつては、道灌の有名な逸話であったようで、東京にはこの伝説に因んだ地名や名所も残されているとか。
ここで用いられた歌は、上にもある通り
七重八重花は咲けども山吹のみの一つだに無きぞ悲しき
〈超意訳〉
七重、八重と花弁が多く重なって咲きましたが、この山吹は実が一つもならないのが残念な事です。
山吹の花のうち、八重咲き(花弁が多く重なって咲く事をこう呼びます)のものは実がならないのだそうで。「実の」と「蓑」をかけて、「蓑一つだに無きぞ悲しき」(お貸ししようにも蓑が一つもないのは残念です)と伝えようとした訳ですね。口ではっきりそう伝えるのは憚られたものなのでしょう。
さて、この歌。『後拾遺和歌集』第十九 雑五に収載された、兼明親王(914-987)の歌です。
兼明親王は、醍醐天皇の皇子。延喜二十一年(921)に源朝臣の姓を賜って臣下となり、左大臣や蔵人所別当に栄達します。しかし、政敵である藤原兼通による策謀もあって再び皇族となり中務卿に任じられます。地位は高いが実権のない立場に、敬して遠ざけられた訳ですね。詩文にも巧みであったと伝えられています。
で、この兼明親王の歌はどのような状況で詠まれたのか。歌の前に詞書がありますから、それを見てみましょう。
小倉の家にすみ侍りけるころ雨のふりける日みのかる人の侍りけれは山ふきの枝をおりてとらせて侍りけりこころも得でまかりすきて又の日山吹のこころもえさりしよしいひにをこせて侍りける返事にいひつかはしける
(『後拾遺和歌集 下』吉田四郎右衛門尉刊行 なお、変体仮名は現代の仮名に置き換えています)
〈超意訳〉
小倉の屋敷に住んでいましたころ、雨が降った日に蓑を借りに来た人がありましたので、山吹の枝を折って与えました。相手は意味も分からず退出して翌日、意味が分からなかったと人伝に伝えて来たので、返事として伝言させました歌です。
道灌の逸話に登場した女性と同様、やはり蓑を貸そうにもなかった、という状況ですね。兼明の場合、位の高い宮様ですから貧しくて蓑がない、という訳ではなさそうですが、なぜだったのやら。
そして、女性はこの歌の存在だけでなく、この歌が詠まれた背景も踏まえていた、という事でもある。
あと、道灌にこうした伝承が作られたのも、当時の東国で和歌といえば彼、というイメージがあったればこそなのでしょうね。
山吹の伝承、元ネタになった歌まで突っ込んでみると、更に見えてくるものがありましたね。なかなかに、面白い。
【参考文献】
『袖珍文庫30 常山紀談 一』三教書院
『後拾遺和歌集 下』吉田四郎右衛門尉刊行
大石学『坂の町 江戸東京を歩く』PHP新書
『歴史群像デジタルアーカイブス 英雄たちの邂逅 太田道灌と北条早雲』学研プラス
『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』ロゴヴィスタ
『日本人名大辞典』講談社
『大辞泉』小学館
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兼明親王についても触れられてます。








