『デカメロン』から見るルネサンス時代の「童貞」〜少なくとも神父様は褒めてくれます。多分、信心モードの民衆も。〜
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どうも、松原左京です。ご無沙汰しています。世界中が、大変な事になっていますね。我が国も、残念ながら例外ではありません。
日本も含め、イタリアを始めとする各地の惨状は、かつてヨーロッパを襲ったペスト禍を彷彿とさせるものがあります。しかし、こんな時だからこそ、この場では敢えて馬鹿話寄りの内容をお話ししようかと存じます。御了承あれ。
さて、ペスト、イタリアといえば。ルネサンスを代表する文学作品の一つに『デカメロン』があります。作者は、ボッカッチョ。十四世紀イタリアの作品です。
舞台は、ペストにおかされ悲惨な状況に陥ったフィレンツェ。その禍から逃れるため郊外の屋敷に集まった十人の若き男女が、避難生活の徒然を慰めるため決められた主題に沿った物語を一人あたり一日一話、語っていく。そういう基本設定の作品です。冒頭で身の毛がよだつようなフィレンツェの惨状が描かれる一方、本編が始まると猥談も含め現世肯定的・快楽肯定的な物語が面白おかしく続けられていきます(※1)。死が身近だった時代だからこそ、能う限り楽しく、現世の理不尽や馬鹿馬鹿しさを笑い飛ばして生きよう。そんな空気が、読んでいるこちらにも伝わってきます。
※1 恋愛や不倫等による不幸な結末が主題の日もあるなど、一部例外はありますが。また、現代の価値観からすれば受け入れがたい話も、当然あります。
さて、今回の記事で主題に取り上げるのは、トップバッターにあたる第一日第一話。とあるフランス男が、赴任先のブルゴーニュで重病にかかり余命幾許もない状況に陥ります。当時の風習に従い、現地の聖職者が懺悔を聞くために病床へと呼ばれました。その懺悔の場において男は己の生涯に犯した罪を告白していくのですが、その席で
私は母の体から出てきた時と同じように童貞のままでございます
(ボッカッチョ 平川祐弘訳『デカメロン 上』河出文庫より 以下の鉤括弧内部や引用部も同様)
と申告します。この告白を受けた聖職者は、
おお、神に祝福されてあれ
よいことをなさいました。
と感嘆しきり。その後も続けて男の告白を聞いた聖職者は、清らかな生涯を伺わせる陳述や、道心堅固ぶりに改めて感じ入りました。そして男の死後、その葬儀で聖職者は、「数々の驚嘆すべき事柄」を説法し賞賛。その際、「その童貞」は断食や質朴、無垢と並んで列挙されています。
そして、その説法を聞いた民衆たちは「頭も心も信心で燃えたぎ」って熱狂。男の遺骸に詰め掛けて
手にも足にも接吻し、着ていた服はみな引き剥がされ、その着物の小さな一片なりとも手に入れることのできた人は有難い仕合せと歓喜した。
といった具合でした。そしてその後も、亡き男は聖人として崇敬を集めたのだそうで。
さて、実を申しますと。この男、童貞どころか酒色や女色を好んだだけでなく様々な悪事に手を染め「この世に生まれついた悪の権化」とまで地の文で評される人物でした。にもかかわらず、死に際にまで大嘘をつき通した訳です。もっとも、この告白での偽りは、自身の悪事の数々が明るみになる事で、宿泊先にまで迷惑がかからぬようにという彼なりの心配りでした。男の死後に自身に降りかかるであろう厄災を心配する宿泊先の主人に言うことには、
私はいままで神様にさんざ悪態をついてきた。だから死ぬ一時間前にもう一度悪さをしたところで、もはやそれ以上良くも悪くもなりますまい。
との事ですから、寧ろこの大嘘はこの男一世一代の善行というべき代物かもしれません。
それはさておき。聖職者は勿論、悪行の限りを生涯にわたり尽くしてきた人物ですら、生涯にわたり童貞を貫くという事が道徳的に賞賛に値するという通念は共有していた点は読み取って良いでしょう。その価値観をどう思っていたかは別にして。そして、市井の人々も、その価値観を素直に受け入れていた。自ら実行していたかは別にして。その事も読み取って良さそう。
ご存知の通り、『デカメロン』は性愛や現世快楽に肯定的な空気に満ちた逸話集です。この価値観が、ルネサンス時代におけるイタリア社会を彩る一側面だったのは間違いないでしょう(※2)。しかしそれはそれとして、童貞を積極的に評価する別の価値観もしっかりと根を下ろしていた。後者が建前、前者が本音といった性格が強かったのは無論でしょうけど。ともあれ、両方の価値観がきちんと共存していたらしく見える点に関しては、現代日本人たる私の目から見て素晴らしいと思わされるものがあります。恋愛・性愛の楽しみを大いに鼓吹する一方、そうしなければ幸せになれないと考えている訳でもない(※3)。そう考えると、なかなかのバランス感覚だと思われます。少なくとも、一見する限りではそのように見えます。まあ、実際にはそう綺麗に運んでた訳では必ずしもないんでしょうけどね。
※2 一方で、「死の舞踏」に代表されるように、「メメント・モリ」という思想を基調とした終末観もペスト禍を契機として広がっていたそうです。享楽性と「メメント・モリ」は、恐らく背中合わせだったものかと。「死の舞踏」も娯楽だったそうですし。
※3 まあ、『デカメロン』自体は教会の偽善を撃つスタイルなのもあって、性愛賛美偏重気味ですが。
参考文献:
ボッカッチョ 平川祐弘訳『デカメロン 上』河出文庫
『世界大百科事典』平凡社
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