ブッダは言った?「人の肉体は不浄」〜今、遺憾ながら肝に銘じたい。自他を守るために。〜
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先日、新型コロナウイルス対策としての「三密」に絡めたお話をいたしました。その際、「人体は本質的に不潔なものだ、という認識を今後は持たねばならぬかも知れない」という遺憾極まりない点にも触れたかと存じます。
そもそも医療現場では、新型コロナがどうとかいう以前に、「すべての人は伝播する病原体を保有している可能性がある」という前提で動き、血液や体液、粘膜、傷口、排泄物、分泌物(汗は除外されるようです)などは感染性があるとみなす。それが標準的な感染予防策とされていたりします。
関連サイト:
「鹿児島大学病院感染対策マニュアル」(http://www.kufm.kagoshima-u.ac.jp/~ict/)より
「標準予防策」(http://www.kufm.kagoshima-u.ac.jp/~ict/yobousaku_hyoujun_keirobetsu/hyoujun.htm)
そこで今回は、似たようなニュアンスを持った初期仏教の思想について触れようかと。数千年も前に、「人体は根本的に不潔」という観念は既にあった、そんなお話。
今回参照するのは、『スッタニパータ』。仏教初期のパーリ語経典です。スッタが経典、ニパータが集まりという意味だそうで。平易な韻文で、ブッダ、そして初期仏教の思想を淡々と記しており、初期仏教の思想を知る上で重んじられています。
件の発言があるのは、まず『スッタニパータ』の第一、蛇の章における「勝利」という教えです。別名を「身体を厭うことの教え」ともいうのだとか。曰く、
身体は腸に充ち、胃に充ち、肝臓の塊・膀胱・心臓・肺臓・腎臓・脾臓あり、鼻汁・粘液・汗・脂肪・血・関節液・胆汁・膏がある。
またその九つの孔からは、つねに不浄物が流れ出る。眼からは目やに、耳からは耳垢、鼻からは鼻汁、口からは或るときは胆汁を吐き、或るときは痰を吐く。全身からは汗と垢とを排泄する。
またその頭(頭蓋骨)は空洞であり、脳髄にみちている。しかるに愚か者は無明に誘われて、身体を清らかなものだと思いなす。
(中村元訳『ブッダのことば-スッタニパータ』岩波文庫より)
とのこと。なかなかに過激です。ここにある「九つの孔」とは、両眼、両耳、両鼻孔、口、排泄の道、生殖の道なんだそうで。しかしこれ、考えてみればまさしく、上述した医療機関の標準予防策でも感染高リスクとされる、体液や分泌物の話です。
更に、少し後の文章でもこのように述べられています。
人間のこの身体は、不浄で、悪臭を放ち、(花や香を以て)まもられている。種々の汚物が充満し、ここかしこから流れ出ている。
(同書)
あとは第二、小なる章の「ラーフラ」でも
愛欲があれば、(汚いものでも)清らかに見える。その(美麗な)外形を避けよ。(身は)不浄であると心に観じて、心をしずかに統一せよ。(同書)
とブッダの言葉として述べられています。肉体は不浄、という観念は仏教の初期の初期からあったのは間違いなさそう。
ここで挙げたいずれの箇所も、肉体の不浄をしっかりと認識し、執着を捨てろ。そんな感じの内容でありました。そういえば、仏教で人の誤った認識の一つとされる「浄顚倒」は「不浄なものを浄と誤認する」という意味らしいですが、その一つとして「身は元来不浄なのに浄と誤る」というのもあるようで。
ここまで、初期仏教の肉体観を少し垣間見てみました。そこで見られたような、人間の肉体とは本質的に不潔なものである。そういった基本認識は、このご時世では、肝に銘じた方が良いのかもしれません。誠に遺憾ではありますが。ただし、「肉体への執着を捨てる」ためではなく、「自他の肉体を守る」ためにです。なので、ブッダの教えに則っている、とは言えないのでしょうけど。
しかしながら。その認識を持ちつつも、なお人を大事にする心、人の魂を重んじる心は忘れないようにしたい。そういえば、『スッタニパータ』でも、例えば第二、小なる章の「こよなき幸せ」では「父母につかえること、妻子を愛し護ること」や「親族を愛し護ること」が「こよなき幸せ」の一つとして挙げられていました(括弧内は同書より)。身近な人々を大切にする事が幸せの鍵だ、ととれる箇所もあるのです。
せっかくインターネットが普及した社会なのですし、最大限に活用し、肉体的距離はあっても心は繋がっているような、そんな形を作っていきたいものです。
難しい事かも知れませんが、切にそう思います。
【参考文献】
『日本大百科全書』小学館
『大辞泉』小学館
大口祐矢『看護の現場ですぐに役立つ感染症対策のキホン』秀和システム
中村元訳『ブッダのことば-スッタニパータ』岩波文庫
『宇井伯壽著作選集 第 7 巻』大東出版社
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どこまで日本人特有の話かは、分かりませんけど。
「<言葉>「世間虚仮 唯仏是真」~世の中の虚しさを嘆きつつも…~」








