2020年 05月 10日
『デカメロン』をあれこれ過去記事に絡めて
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この間、ルネサンス文学における代表作の一つ『デカメロン』を題材にした記事がありましたね。僕も、新型コロナ騒動渦中、これも一つの縁かと思い手に取ってみました。
今回は、その中で過去記事と絡めて話ができそうな部分について徒然にお話ししていこうかと。ここのところ、このブログも抹香臭い話題が続いてましたし、たまにはこうした馬鹿話寄りな記事もありかもしれません。
・35歳は人生の分水嶺?
『デカメロン』が実際に書き上げられたのは1351年とされているそうですが、物語は1348年の設定です。これは無論、フィレンツェのペスト禍が背景にあったからですが、もう一つ。ボッカッチョが35歳になった年だというのも要因としてあったのではないか。そういう説もあるようです。ボッカッチョは『デカメロン』の各所で『神曲』を意識した言葉選びをしていることが指摘されますが、ここでも『神曲』がダンテ35歳の1300年に設定されている事が意識されているのでは、というのです。35歳は人生の道半ば、ということで特別な意味合いがあった。それを読み取ってよさそうですね。
思えば昔、35歳という年齢が社会的に持つ意味とか、少なからぬ歴史人物にとって転換期だったとか、そういったお話をしたかと思います。今から見れば論の立て方が雑な点も目立ちますが、35歳という年齢の重要性そのものはそう的外れでもなかったという事でしようか。
関連記事:
「「結婚35歳限界説」からみる35歳と言う年齢~昔から、後半生への入り口?~」
「「喪男」としての国学者たち」
・ルネサンスの「リア充爆発しろ」?
ご存知の通り、『デカメロン』はペスト禍から逃れた若き男女十人が、それぞれの日に主催者を持ち回りで定め、主催者が提示した主題に沿って興味深い逸話を皆が語る。そういう基本構造になっています。
さて、第四日目の主催者に指名された青年は、「私に一番ふさわしい話題」と称し「その恋が不幸な結末を迎えた人の話」(共にボッカッチョ 平川祐弘訳『デカメロン』上 河出文庫より)をテーマと定めました。なんでも、この青年、作中人物のうち唯一「もてない男」設定があるらしいです。
で、そんなテーマは、参加者の一人からも
恋人たちがいつも悲惨な末路を迎えることをお望みのあなたは、残酷に過ぎはしませんか。愛する男女に対してそうつれなくしなくともよくはありませんか。
(ボッカッチョ 平川祐弘訳『デカメロン』中 河出文庫)
と冗談交じりながらに苦言を呈される為体。
なんだか、現代における「リア充爆発しろ」というネットスラングを連想させますね。ご存知の方も多いかと思いますが、一応。「リア充」とはネット以外の現実生活が充実した人々を指すネットスラング。往々にして、羨望や嫉妬を込めて用いられるイメージです。「リア充爆発しろ」は、その典型ともいうべき言葉かと。
関連サイト:
「pixiv百科事典」(https://dic.pixiv.net)より
まあ、何をもって「リア充」となすかが存外難しかったり、如何にもリア充と見える人々にも見えない苦悩や苦労があったりするもののようですが。
関連記事:
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とは言え、「リア充爆発しろ」な感情は、古今東西を問わぬものなのかも知れませんな。ここらの描写を見る限り。
・サラディンにも「回国伝説」?
身分の高い王様や殿様が、身を窶して下々の様子を自ら見聞する。名君と呼ばれる人々には、往々にしてこの手の伝説があるのは洋の東西を問わないようです。我が国では、鎌倉期の北条時頼や徳川初期の徳川光圀が有名ですね。更に、徳川第八代将軍吉宗にもそんなイメージが後についたり。
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『デカメロン』物語最終盤、ラストから二番目たる、十日目の九番目にあたる話に、そういった類の物語が登場します。それによれば、回国したのはアイユーブ朝のサラディン。
ご存知かと思いますが、「サラディン」とはアイユーブ朝創始者サラーフ・ウッディーン(1137-1193)のラテン語名。ファーティマ朝に取って代わる形でエジプトを拠点として軍事活動を行い、聖地エルサレムをキリスト教勢力の手からムスリムに奪還。第三回十字軍と激しく戦った英傑として知られています。
さて、このサラディン。当該する物語においては、十字軍襲来を予測。
自分自身の目で親しくキリスト教君主たちの遠征準備を視察して国防に備えたい
(ボッカッチョ 平川祐弘訳『デカメロン』下 河出文庫)
という意図から、国内問題に目処がたったタイミングで
メッカ巡礼に旅立つような恰好をし、股肱の重心でとく聡明な二人と三人の従者だけを引き連れて、商人に変装して旅路についた。
(同書)
のだそうで。で、正体を知らぬ行き先の騎士から手厚い饗応を受け、やがて十字軍遠征で思わぬ再開をする友情物語。それはさておき、この旅でサラディンが
私どもはキプロスの商人でキプロス島から来ました。商売でこれからパリへ向かうところです(同書)
と述べているあたり、「越後のちりめん問屋の隠居」と称していた我が国の事例を連想させますね。あの人も、連れていた側近は助さんと角さんの二人でしたな、そういや。
サラーフ・ウッディーンに実際にその類の伝説があったのか、それともボッカッチョによる創作なのか、そこまでは存じません。ただ、敵手たるキリスト教勢力から見ても彼は、そんな逸話があってもおかしくない傑物として映っていた、とは言えるのかも。この話でも他の話でも、『デカメロン』中のサラディンは知恵と慈悲と度量を兼ね備えた存在として描かれてますし。
と、こんな感じで『デカメロン』と過去記事を絡める形の四方山話といたしました。まあ、たまにはこんな形もありかな、と思ってます。
【参考文献】
ボッカッチョ 平川祐弘訳『デカメロン』上・中・下 河出文庫
『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』ロゴヴィスタ
『大辞泉』小学館
『知恵蔵』朝日新聞出版
窪薗晴夫『新語はこうして作られる』岩波書店
by trushbasket
| 2020-05-10 11:59
| NF








