後花園院、退位後の漢詩〜「徳治」ならぬ無念と、安寧を求める心〜
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だいぶ前になりますが、足利中期に在位した後花園天皇が将軍・足利義政に遣わした漢詩を取り上げた事がありました。そこで今回、後花園が作った別の漢詩を取り上げようかと。ただし今回は、譲位後なので「後花園院」としての詩ですが。
寛正五年(1464)七月、後花園は子の成仁親王(後土御門天皇)に譲位。自らは院政をしき義政を院執事として天皇を見守る体制をとりました。それから間もない十二月五日、後花園は後土御門や義政らと三席御会を開催。これは和歌・漢詩・管弦を行う儀式で、天皇譲位後にこれを周知する意味合いがあったのだそうで。今回取り上げるのは、この時に後花園が作った作品。内容は、下記の通りです。
八紘帰聖猷
教化多年功未成
遂辞南面換閑情
皇家願復唐虞道
万国威誇聖徳明
(『史籍集覽 一二 重篇応仁記』近藤出版部)
八紘 聖猷に帰す
教化 多年 功 未だ成らず
遂に南面を辞して 閑情に換ふ
皇家 願わくば 唐虞の道に復さば
万国 威 聖徳の明を誇らん
〈超意訳〉
国の隅々までが天子の治世に従う
天下に天子の徳を及ぼそうと長年努力してきたが、まだまだ上手くいっていない。
そんな中、ついに帝位を退いて、静かな心持ちを手に入れた。
願わくば皇室に古の堯や舜といった聖天子のごとく徳を取り戻し、
全ての国々に、威を示して天子の徳が高い事を誇り知らしめたいものだ。
『新撰長禄寛正記』では、結句の頭は「万国」でなく「百国」(『帝室制度史 第二巻』ヘラルド社 503頁)
平仄及び押韻は下記の通り。○が平声、●が仄声、◎は韻脚になります。平仄を始めとする漢詩の規則については、こちらをご参照ください。
○●○○○●◎
●○○●●○◎
○○●●○○●
●●○○○●◎
韻脚は「成、情、明」の下平声八庚。
以下、語句解説です。
・八紘
八荒、八極とも。八方の果て、国の隅々。「紘」は元来、冠の結び紐を意味し、やがて宇宙を支える綱という意味に。転じて、大地の果てを表す。
・聖猷
「猷」は計画の意味で、天子が国を統治するはかりごと。
・教化
徳によって人を良い方向に導く事
・南面
天子として国を治める事。天子が臣下に対面する際、陽の方角である南を向いて座した事から。
・閑情
物静かな心。
・唐虞
太古の伝説的聖人である堯と舜。唐は堯を指し、堯がかつて唐侯となった事に由来。虞は舜の姓。ともに、その徳で天下をよく治めた理想的帝王とされる。
・聖徳
天子の徳。
後花園院は、学問に励み天子の徳を高める事で朝廷・皇室の威信を回復させようと努めた人物とされています。それを改めて思わせるような、そんな内容の詩だと言えるでしょう。
なお、この時は後花園以外に義政とか一条兼良とかも漢詩を詠んでますが、それらも気が向いたらいずれ取り上げるかもです。
【参考文献】
久水俊和・石原比伊呂編『室町・戦国天皇列伝』戎光祥出版
『史籍集覽 一二 重篇応仁記』近藤出版部
『帝室制度史 第二巻』ヘラルド社
『精選版 日本国語大辞典』小学館
『大辞泉』小学館
『世界大百科事典』平凡社
『朝日日本歴史人物事典』朝日新聞出版
『角川新字源改訂版』角川書店
菅原武『漢詩詩語辞典』幻冬社ルネッサンス
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※2020/6/29 誤謬があったので修正。お恥ずかしい。








