一条兼良が後花園院に和して詠じた漢詩〜貴族社会の第一人者、五百年来の大学者〜
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ここ二週間、後花園院と足利義政が寛正五年(1464)の三席御会で詠じた漢詩を続けてご紹介しました。今回は、それに続いて一条兼良が和して詠じた漢詩を。やはり、題材と韻脚を同じくしています。
このブログを御覧の方はご存知かもしれませんが、一応。一条兼良は、摂関家の一つ・一条家出身。彼自身も摂政・関白・太政大臣を歴任しています。更に「五百年来の大学者」「一天無双の才」と称される学識の持ち主でもあり、古典注釈書『花鳥余情』『日本書紀纂疏』や、第九代将軍・足利義尚の求めに応じた政道書『樵談治要』といった著作も残しています。
その兼良による漢詩は、こちら。
重華宮裡燕羣英
賡載時聞賦鹿鳴
無限恩波八寅外
漁歌樵唱又文明
重華の宮裡 羣英が燕ぎ
載を賡ぎて 時に聞く 鹿鳴を賦すを
無限の恩波 八寅の外
漁歌 樵唱 又文明
〈超意訳〉
舜の如き聖天子の宮殿で多くの英才が宴に臨み、
天子の代替わりを経て、時に宴の音曲が聞こえて来る。
天子の恩徳は限りなく、国の外にも及び、
漁師や木樵といった庶民が歌うのもまた、文教が盛んな様を表している。
平仄及び押韻は下記の通り。○が平声、●が仄声、◎は韻脚になります。△は平仄いずれも可。平仄を始めとする漢詩の規則については、こちらをご参照ください。
○○○●●○◎
○●○○●●◎
○●○○●○●
○○○●●○◎
韻は「英、鳴、明」の下平声八庚。転句の下三字の平仄が一見すると合っていないように見えますが、これは「挟平格」と呼ばれ許容されます。後花園と同じく、七言絶句ですね。流石に当代一級の文化人だけあり、漢詩の素養にも不足していない事がわかります。
以下は、語句解説です。
・重華
舜の字。舜は、中国太古の理想的帝王とされる一人。
・燕
ここでは、「くつろぐ」といった意味か。もしくは「宴会」。いずれにせよ「宴」の字と通じる。
・羣英
数多くの英才。
・賡載(こうさい)
「賡」は継ぐ、という意味。「載」は、ここでは年の意味か。代替わりを意味する?
・鹿鳴
宴会で客をもてなす音楽。宴会の事も。『詩経』小雅にある群臣や賓客をもてなす曲の名に由来する。
・恩波
行き渡る恩沢。「波」とは「行き渡る」という意味。
・八寅
不明。八紘と同様?ご存知の方がおられたら、ご教示下さい。
・漁歌
漁夫の歌う歌。
・樵唱
木樵が歌う歌。
【参考文献】
久水俊和・石原比伊呂編『室町・戦国天皇列伝』戎光祥出版
『史籍集覽 一二 重篇応仁記』近藤出版部
『精選版 日本国語大辞典』小学館
『日本大百科全書』小学館
『大辞泉』小学館
『世界大百科事典』平凡社
『朝日日本歴史人物事典』朝日新聞出版
『角川新字源改訂版』角川書店
菅原武『漢詩詩語辞典』幻冬社ルネッサンス
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