僧侶による稚児への恋歌 in 『金葉和歌集』
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だいぶ前の事になりますが、『後拾遺和歌集』における、僧侶から稚児にあてた恋歌のお話をしたかと存じます。『童貞の世界史』落選者列伝、慈円の回に絡めて「当時は僧侶と稚児の恋愛は禁忌事項とは見なされていなかった」というお話の傍証として。仏僧ですから、本来は不犯が原則ではあるんですけどね。今回は、『金葉和歌集』にある僧侶から稚児への恋歌をご紹介しようかと。まあ、要は、ネタに苦しんでるけどそろそろ登場しとかないと、というジレンマの産物であります。
『金葉和歌集』は白河院の命によって源俊頼が編纂した五番目の勅撰集。白河院が最終承認をするまで三度の草稿奏覧を要したのですが、現在主に流布しているのは二番目に総覧した「二度本」であり、本来は最終版だった筈の「三奏本」は私家集扱いされたようです。二度本は、白河院時代における「現代歌人」が多く、新しい表現や自然鑑賞が目立つ一方で技巧に走り過ぎているという批判もあるようです。この『金葉和歌集』巻第八 恋歌下に、このような歌が。
多聞といへる童をよびにつかはしたりけるに見えざりければ月のあかかりける夜よめる
権僧正永縁
まつ人の大空わたる月ならばぬるる袂に影は見てまし
【現代語訳】
多聞という稚児を呼びに人をやったけれど来てくれなかったので、月の明るい夜に詠んだ
権僧正永縁
待っている人が大空をわたる月であったならば、涙で濡れた私の袂に月影が映って見えるだろうものを。
永縁(1048-1125)は平安後期の法相宗の僧侶で、藤原永相の子。興福寺の頼信から学び維摩会や最勝会の講師、元興寺・大安寺・法隆寺などの別当を歴任している。和歌に長じ、やはり『金葉和歌集』にある
聞くたびにめずらしければ郭公(ほととぎす)いつも初音の心地こそすれ
という歌に因んでか「初音僧正」とも呼ばれたそうです。
参考文献:
『金葉和歌集』吉田四郎右衛門尉刊行
『日本大百科全書』小学館
『朝日日本歴史人物事典』朝日新聞出版
『日本人名大辞典』講談社
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