幕末の医学者岡西玄亭が残した喜びの漢詩〜貴重な医学書交付にあたって〜
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少し前、徳川末期の医学者・渋江抽斎が残した漢詩についてお話ししました。今回は、同時代における別の医学者の詩を。
医学者・岡西玄亭は伊沢蘭軒の弟子。渋江抽斎とは兄弟弟子であると同時に義兄弟にもあたります。といいますのは、妹が抽斎の三番目の妻にあたるのです。
安政元年、伝説の医学書『医心方』が躋寿館に交付され校刻する事になった喜びを詩に表しています。
『医心方』は平安中期に丹波康頼が編纂した医学書で、長らく禁中にて秘蔵されていました。正親町天皇時代に典薬頭の半井家が預かっていましたが、この時に至って徳川政権からの強い要望に応じる形で提出されたのです。日本の古い医学書で知られたものは少なかったのもあり、これは医学者たちから歓迎をもって迎えられました。『医心方』が引用した中国医学書には散逸したものも多数あったので、なおさら。
躋寿館は、医師の家柄である多紀家が創立した医学塾で、後に徳川政権管轄となっています。抽斎らの勤務先でもあります。
それはさておき。ここで本題の漢詩を見ていく事にしましょう。
秘玉突然開櫝出
瑩光明徹点瑕無
金龍山畔波濤起
龍口初探是此珠
(森鴎外『渋江抽斎』より)
秘玉 突然 櫝(はこ)を開いて出づ
瑩光 明徹にして 点瑕無し
金龍山畔 波涛起こり
龍口 初めて探りしは是れ此の珠
〈超意訳〉
秘蔵の玉がいきなり、箱を開いて出てきた。
その光輝く様は、明るく透き通るようで、一点の瑕もない。
これを受けて浅草寺のかたわらで波のような騒ぎが起こっている。
辰口の遠藤様が初めて探り出したものこそ、まさにこの玉なのだ。
平仄及び押韻は下記の通り。○が平声、●が仄声、◎は韻脚になります。平仄を始めとする漢詩の規則については、こちらをご参照ください。
●●●○○●●
○○○●●○◎
○○○●○○●
○●○○●●◎
韻脚は「瑕、珠」で上平声七虞。以下、語句解説になります。
・玉
珠も同じ。宝石、ここでは『医心方』を喩えている。
・瑩
きらきらと輝く様。
・金龍山
浅草寺の山号。
・龍口
たつのくち。東京都千代田区丸の内一丁目付近をかつてこう呼んだ。伝奏屋敷や評定所があった。なぜこの詩でここが言及されたかについては、鴎外は
『医心方』が若年寄遠藤但馬守胤統の手から躋寿館に交付せられたからであろう。遠藤の上屋敷は辰口の北角であった(森鴎外『渋江抽斎』)
と推定している。
抽斎もそうでしたが、この時期の医学者は漢籍に親しみ詩文もものしたことが改めて実感できる一例ですね。
【参考文献】
「青空文庫」(https://www.aozora.gr.jp/)より
「森鴎外 渋江抽斎」(https://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/2058_19628.html)
『日本大百科全書』小学館
『世界大百科事典』平凡社
『精選版 日本国語大辞典』小学館
『大辞泉』小学館
『角川新字源改訂版』角川書店
菅原武『漢詩詩語辞典』幻冬社ルネッサンス
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