徳川後期の文人、病中の徒然〜菅茶山『江戸邸舎臥病 』二絶〜
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徳川後期の儒者・文人に、菅茶山という人がいます。福山藩阿部氏に仕えて備後神辺に私塾「黄葉夕陽村舎」を開き子弟を教育し、頼春水や伊沢蘭軒といった文人たちと広く交際した事でも知られています。詩人としては写実的な田園風景をよく題材にしたとか。
以前に取り上げた際は、彼がやらかした逸話をご紹介してしまったので、今回は名誉挽回という訳ではないですが茶山の普通に知識人らしいお話をば。
文化元年のことです。茶山は主君に招かれて江戸に上り、そこで体調を崩して療養していました。その際、彼は徒然になのか、『江戸邸舎臥病』という題で七言絶句を二つ作っています。今回は、それらをご紹介しようかと存じます。
江戸邸舎臥病
其一
養痾邸舎未尋芳
聊買瓶花插臥床
遙想山陽春二月
手栽桃李満園香
其二
閑窓日対薬炉烟
不那韶華病裡遷
都門楽事春多少
時見風箏泝半天
(森鴎外『伊沢蘭軒』より)
痾を養ふ 邸舎 未だ芳を尋ねず
聊か瓶花を買いて臥床に插す
遥かに想ふ 山陽の春二月
手づから栽ゑる桃李 園に満ちて香ばし
閑窓 日対す 薬炉の烟
那ぞ韶華 病裡に遷らざる
都門の楽事 春多少
時に見る 風箏 半天に泝るを
〈超意訳〉
邸宅で病気療養しているので、まだ春の花を探して訪れられてはいない。
その代わりという訳ではないがとりあえず、花瓶に挿す切花を買って病床で活けている。
遠く江戸から想いを馳せれば、故郷である山陽の春二月は、
私が自ら植えたモモやスモモが庭一杯にかぐわしく咲いている事だろうなあ。
静かな住まいで毎日、薬草を煮るための炉に向かっている。
美しい花の景色がどうして病中の身にはやってこないのか。
都会の春は、楽しい事が多いようで、
時々、凧が空に高く上がるのが見える。
平仄及び押韻は下記の通り。○が平声、●が仄声、△は両方、◎は韻脚になります。平仄を始めとする漢詩の規則については、こちらをご参照ください。こちらのサイトも参考にしました。
関連サイト:
「平仄くん」(http://kanshi.work/pinyin/index.php)
●○●●●○◎
○●○○●●◎
○●○○○●●
●○○●●○◎
○○●●●○◎
●△○△●●◎
○○●●○○●
○●○○●●◎
韻脚は、其一が「芳、床、香」の下平声七陽、其二が「烟、遷、天」の下平声一先。
以下、語句解説です。
・痾
病気、特に長引いた病。
・芳
かんばしい香り、花。
・聊
かりそめに、とりあえず。
・栽
草木を植える。
・閑窓
静かな窓、静かな住まい。
・薬炉
薬鍋をかけて薬草を煎じるための炉。
・那
なんぞ。
・韶華
美しい花。
・都門
都の門、転じて都会。
・楽事
楽しい事。
・風箏
うなりをつけた凧、もしくは単に凧。
・半天
中空。
・泝
さかのぼる、のぼる。
徳川後期の日本漢詩を味わう上でも、『伊沢蘭軒』は有用かも。そんな気がします。
【参考文献】
「青空文庫」(https://www.aozora.gr.jp/)より
「森鴎外 伊沢蘭軒」(https://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/2084_17397.html)
『日本人名大辞典』講談社
『朝日日本歴史人物事典』朝日新聞社
『精選版 日本国語大辞典』小学館
『大辞泉』小学館
『角川新字源改訂版』角川書店
菅原武『漢詩詩語辞典』幻冬社ルネッサンス
「日本漢字能力検定 漢字ペディア」(https://www.kanjipedia.jp)
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