菅茶山の漢詩 in 『伊沢蘭軒』〜文人たちと不忍池な話、再び〜
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先週に引き続いて、徳川後期の文人・菅茶山による漢詩の話題を森鴎外『伊沢蘭軒』から。
先週にご紹介した詩が詠まれた文化元年の秋の事。茶山は、伊沢蘭軒から招かれて不忍池で遊興したようです。以前にお話しした通り、当時の文人たちにとって不忍池は憧れの景勝地でした。
都梁觴余蓮池
庭梅未落正辞家
半歳東都天一涯
此日秋風故人酒
小西湖上看荷花
都梁觴余蓮池
庭梅 未だ落ちざるに 正に家を辞す
半歳 東都 天一涯
此の日 秋風 故人の酒
小西湖上 荷花を看る
〈超意訳〉
蘭軒が私を連れて蓮の花咲く不忍池で一緒に飲んだ
我が庭に咲いた梅の花がまだ散らぬうちに、故郷福山を旅立った。
半年が過ぎた今も、遠く離れた江戸にいる。
この日は秋風が吹く中、旧友と酒を酌み交わしつつ、
不忍池の上に開いた蓮の花を見ている事だ。
平仄及び押韻は下記の通り。○が平声、●が仄声、△は両方、◎は韻脚になります。平仄を始めとする漢詩の規則については、こちらをご参照ください。こちらのサイトも参考にしました。
関連サイト:
「平仄くん」(http://kanshi.work/pinyin/index.php)
○○●●●○◎
●●○○○●◎
●●○○●○●
●○○●△△◎
平起式七言絶句ですね。転句の下三文字が●○●、六文字目を単独で平声とする形ですが、これは○●●に準じて許されるものです。韻脚は「家、涯、花」の下平声六麻。
以下、語句解説です。
・都梁
伊沢蘭軒の別号の一つ。
・觴
さかずき、転じて酒宴。
・蓮池
蓮の植えてある池。不忍池は蓮の名所で知られた。
・東都
東の都。ここでは江戸。
・天一涯
「天涯」とは、空の果て、転じて故郷から遠く離れた土地。ここでは、後者の意味が、「一」を加える事で強調されたものであろうか。
・秋風
この句が存在する事から、鴎外はこの詩の詠まれた時期を七月ではないかと推測している。旧暦の秋は、七月から九月までである。
・故人
古くからの友人。ここでは、蘭軒をさす。
・小西湖
不忍池の雅称。こちらにある通り、中国の代表的景勝地「西湖」にちなんでこう呼ばれた。
・荷花
蓮の花。
予想外に長く江戸へ滞在する事になった茶山の望郷の念、そして不忍池が文人たちにとってステータスとなる憧れの地である事、それらが共に読み取れる詩だと思います。
【参考文献】
「青空文庫」(https://www.aozora.gr.jp/)より
「森鴎外 伊沢蘭軒」(https://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/2084_17397.html)
「永井荷風 上野」(
『世界大百科事典』平凡社
『日本大百科全書』小学館
『精選版 日本国語大辞典』小学館
『大辞泉』小学館
『角川新字源改訂版』角川書店
新田大作『漢詩の作り方』明治書院
菅原武『漢詩詩語辞典』幻冬社ルネッサンス
「日本漢字能力検定 漢字ペディア」(https://www.kanjipedia.jp)
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