2021年 03月 17日
タクシー運転手、お坊さんにこぼす〜一番怖いのは、煩悩を抱えた生きた人間〜
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COVID-19(新型コロナ感染症)に脅かされるようになって一年が過ぎましたが、人類に安息が訪れるのはもう暫く先になりそうな気配。それでもワクチン接種を始めとして着実に前には進んでいる感もあります。
前進といえば、マスクや消毒アルコールなどが普通に手に入るようになって久しいのは、考えてみればありがたい事です。それが決して「当たり前」ではない事を、去年の今頃は思い知らされましたから。そんな状況下で人々の心から余裕もなくなり、そうしたあれこれの中で「コロナより怖いのは人間だった」という言葉が大きな反響を呼んだりもしましたな。
関連サイト:
「ダイヤモンド・オンライン」(https://diamond.jp)より
「【お寺の掲示板69】コロナより怖いのは店員が見た「人間」の姿」(https://diamond.jp/articles/-/247838)
そういえば昔の事ですが、ネットでこんな話を見た覚えがあります。
関連サイト:
「北御堂」(https://www.kitamido.or.jp)より
「生きてる人間が恐ろしい」(https://www.kitamido.or.jp/yomu-howa/1719/)
大阪は北御堂のお坊さんがタクシーに乗った時の事。運転手さんと雑談になった際に仕事の苦労などの話になり、こう言われたそうです。
「お寺さんはその点よろしいな」
「何がです?」
「お寺さんは死んだ人が相手やもん、怖いことしまへんがな」
えーと、まあ、何と言いますか、色々あったんですなあ、という感が。まあ、大変なのは間違いなさそうではありますな、ホントに。でもまあ、お寺も実際には生きた人相手が基本の筈ですけどね。檀家さんとか、遺族さんとか。
とはいえ、これを聞いたお坊さんの側も感じるところがあったようで、「なるほど、そうですよ。生きている人間が恐ろしい。煩悩を抱えたこの身ほど恐ろしいものはありません。何をするやらわからんのですから。」と納得の意を表しています(括弧内は上記リンク先より引用)。何と言いますか、さすがはお坊さん。
実際、人生色々ありますし、このタクシー運転手さんのような気分になる事も一再ではない人も多いかと思います。とはいえ、冒頭で紹介した記事でも触れられている通り、自分も「生きている人間」である事は忘れないようにしたいもの。北御堂のお坊さんが「煩悩を抱えたこの身」という言い方をされているのも、その辺を念頭に置いたものかと推察されます。
こちらの過去記事で新約聖書や蓮如の言葉を引用していますが、そこでも述べられているように他人の事は見えても、己の事は見えにくいもの。そして、他人をどうこうする事は難しいですが、自分をどうこうするのは(他人に比べると相対的に)まだ何とかならなくもない、かも。
思えばこの一年、「他人から新型コロナウイルスをうつされないように」と同時に、「自分がひょっとしたら無症状ながら感染しているかもしれない、知らず知らずのうちに他人にうつさないように」という事も常に念頭におきながら過ごされてきた方も少なからずおられるかと思います。なかなかにハードですよね。
しかしながら、遺憾ながら。COVID-19だけでなく、人間関係一般も同じなのかも。知らず知らずのうちに、他人を傷つけているものなのでしょう。そしてそれは、気をつけるべき事であると同時に、如何ともし難い事でもあるのではないかと。どれだけ気をつけていても、COVID-19に感染するときはするし、無症状のうちに広げてしまう可能性がゼロにならないのと同じ事で。かと言って、人間関係をゼロにして生きる事ができぬのは、勿論の事。生きるとは、業なものですな。
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by trushbasket
| 2021-03-17 21:29
| NF








