『千載和歌集』恋歌にも見える、僧侶が稚児に懸想する歌
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どうも、松原左京です。だいぶ前になりますが、『童貞の世界史』落選者列伝で慈円を扱ったのを契機に、「僧侶による稚児への恋慕・懸想という事案は公の場面でも憚る事ではなかった」というお話を勅撰和歌集を題材に致したかと存じます。今回は、その続き。『千載和歌集』からそうした歌をご紹介しようかと存じます。
『千載和歌集』は後白河法皇の意を受けて編纂された七番目の勅撰和歌集で、撰者は藤原俊成。寿永二年(1183)に命を受け、文治四年(1188)に奏覧されたとされています。一条天皇時代から選出された当時までの歌1288首が収録されています。
『千載和歌集』、実を申しますと僧侶による恋歌自体は結構多いです。ただ、詞書などを見る限り、歌合等のイベントで「恋歌」という題を与えられた上でそれらしいシチュエーションを思い浮かべて詠んだものも多いようです。詞書がないものも、大半はその可能性を伺わせます。そんな中で、恋歌の部において実際に稚児に懸想したと明記されているものはこちら。
『千載和歌集』巻第十一
横川のふもとなる山寺にこもりゐける時いとよろしきわらはの侍ければよみてつかはしける
仁昭法師
世をいとふはしとおもひし通路にあやなく人をこひ渡るかな
【現代語訳】
横川山麓にある山寺に籠って修行している時に、たいへん美しい稚児がおりましたので歌を詠んで贈った。
この世を厭悪して仏道へと至る橋と思っていた修行の道行を、道理に合わぬ事ながらも人に恋して渡ってしまう事だ。
なお、この仁昭法師についての詳細は、残念ながらよくわかりませんでした。
『千載和歌集』恋歌の部では、明らかに該当する歌はこの一首にとどまりました。私の見落としがなければ、ですけども。とはいえ、「僧侶による稚児への懸想」、当時の感覚としてはやはり殊更に隠す事ではないとは見て良さそう。複数の勅撰和歌集にそうした歌が取り上げられる程度には社会的に公認された事象ではあったのでしょうかね。まだまだ分からない事は多そうです。
参考文献:
『千載和歌集 下』吉田四郎右衛門尉刊行
『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』ロゴヴィスタ
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