2021年 04月 17日
茶人・井伊直弼が残した言葉「独座観念」〜「一期一会」だけじゃないんです〜
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大河ドラマ『青天を衝け』で、今回は安政の大獄・桜田門外ノ変が描かれました。すなわち、先週に引き続き焦点が当てられたのは岸谷五朗さん演じる大老井伊直弼。いかにもな「恐怖の独裁者」ではなく、柄にもない役回りを引き受けさせられ苦闘する姿は新鮮でした。さて、直弼が当代を代表する茶人であった事はご存知の方も多いかと思います。彼によって有名になった言葉としては、「一期一会」が挙げられるでしょう。
しかしながら、直弼が著作『茶湯一会集』で茶の湯における心がけとして残した四字熟語はこれだけではありません。今回は、「一期一会」ほどには人口に膾炙していない「独座観念」という言葉についてご紹介しょうかと。
とはいえ、この手の言葉は分かりやすくまとめる、とはなかなか参りません。なので、直弼自身による解説をまずはそのままご覧頂きましょう。
独座観念
一 主客とも余情残心を催し、退出の挨拶終れば、客も露地を出るに、高声に咄さず、静かにあと見かえり出で行けば、亭主はなおさらのこと、客の見えざるまでも見送るなり、扨、中潜り、猿戸、その外戸障子など、早々〆立てなどいたすは、不興千万、一日の饗応も無になる事なれば、決して客の帰路見えずとも、取りかた付け急くべからず、いかにも心静かに茶席に立ちもどり、この時にじり上りより這入り、炉前に独座して、今暫く御咄も有るべきに、もはや何方まで参らるべき哉、今日、一期一会済みて、ふたたびかえらざる事を観念し、或いは独服をもいたす事、この一会極意の習いなり、この時寂寞として、打語らうものとては、釜一口のみにして、外に物なし、誠に自得せざればいたりがたき境界なり。
(井伊直弼著『茶湯一会集・閑夜茶話』戸田勝久校注 岩波文庫 132-133頁)
〈超意訳〉
独り坐して想いを馳せる
一 茶席の亭主・客が共に「余情残心」の思いをしながら、別れの挨拶を交わし終えると、客も茶庭から辞去する。客はこの際は大声で言葉を交わす事もなく、静かに後を振り返りつつ去っていくので、亭主は無論のこと、客の姿が見えなくなるまで見送るものである。
さて。その後に、中門や猿戸、その他の戸や障子などを茶席が終わったからといって早々と閉めてしまうのは、興醒めな事この上ない。そんな事をすれば、丸一日かけてのもてなしも、これ一つでぶち壊しになってしまうものだから、客が帰っていく姿が見えなくなったとしても、後片付けを急いではいけない。おもむろに心を静めて茶室に戻り、その際は客の心になって躙口からにじって入る。そして炉の前で独り座して、「もう暫く数奇にお話すべきであったろうか、もう何処までお戻りになったろう」と客人に思いを馳せ、一期一会の茶席が済んで二度とは還らない事を改めて実感しつつ時には一人で茶を一服する事が、この茶席における究極の習いである。この時にはひっそりと心寂しく、話し相手といえば音を立てる釜一つのみ。まさしく自ら会得するのでなければ至れない境地というべきだろう。
「客人が帰ったからといってすぐに戸締りして後片付け、というのは余りに忙しなすぎて情趣がなさすぎる」というのは確かによく分かる感覚です。そこを更に押し広げて、「一期一会」の精神とも結びつけて「二度とはない今回の茶席について、再会叶うかも分からぬ客人との触れ合いについてしみじみと思い巡らし、無人の茶室が持つ閑静な雰囲気の中で余韻を味わう」といった境地を提唱しているのですね。
思えば、茶の湯は客へのもてなしを旨とすると言えましょう。それだけに、亭主と客の人としての繋がりを重んじ、主客が出会い得て一席を共にし得たのは決して当たり前でなくまたなき事だ、との思いをなす。…うまく言語化できませんが、直弼の茶の湯はそうした精神性を重んじるものである事がよく分かる話ではあります。
以下は、語句解説です。茶の湯独特の用語も結構ありますので。
・余情
後まで残る、しみじみとした味わい。詩歌では表現の外に感じられる趣を指す。
・残心
心を後に残す事、心残り。もしくは、武道などで一つの動作を終えた後にも緊張を持続する心構えを指す。後者は相手の反応を見極め反撃に備える意味合いがある。
・露地
草庵式茶室の庭。腰掛(庭に入ってすぐ客が腰掛けて待つところ、腰掛待合)、石灯籠、飛び石(伝い歩くため飛び飛びに配置された平たい石)、蹲踞(庭先の手水鉢、客は茶室に入る前にここで手水を使う)などが配置される。「三界の火宅を出で露地に坐す」という仏語に由来し、山の自然を模している。
・扨
「さて」
・中潜り
茶室の庭にある、外露地(待合から中潜りまで)と内露地(中潜りから茶室まで)の境界にある中門。潜って出入りする事からこう呼ぶ。
・猿戸
庭園の入り口に設ける粗末な戸。柱に樹皮がついたままの丸太、扉には横板を用いて竹をうちつけてある。
・にじり上り
躙口(にじりぐち)の事。草庵式茶室の客用入口。高さ・幅とも約二尺(60cm程度)の狭い穴から正座のまま膝を使って入る。『松屋日記』は千利休が「大坂ひらかたノ舟付ニくぐりにて出を侘て面白」と感じて採用したと記している。
・咄
はなし。元来はこの読みはなく、叱咤や舌打ちなどの擬態語であったが、室町時代から「はなし」という訓が確認される。
【参考文献】
井伊直弼著『茶湯一会集・閑夜茶話』戸田勝久校注 岩波文庫
『茶の湯人物事典 略伝・ことば・逸話』世界文化社
『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』ロゴヴィスタ
『日本大百科全書』小学館
『大辞泉』小学館
『精選版 日本国語大辞典』小学館
『世界大百科事典』平凡社
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by trushbasket
| 2021-04-17 12:28
| NF








