菅茶山『宿生田』〜徳川後期の儒者、湊川合戦を偲ぶ〜
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去る五月二十五日は、湊川の戦いがあった日です。まあ、実のところ、旧暦と新暦の違いを考慮する必要がありますが。時は延元元年(1336)(足利方にとっては建武三年)、九州から大軍をもって攻め上る足利尊氏の軍を新田義貞・楠木正成による建武政権軍が迎え撃ちました。しかし多勢に無勢、建武政権側は敗北し正成はこの地で奮闘虚しく戦死しています。
その関係もあり、この地は正成を忠臣として顕彰する場所と徳川期以降は認識されるようになります。有名なところでは、徳川光圀がこの地に「嗚呼忠臣楠子之墓」の碑を建立した事例が挙げられるでしょう。徳川後期の儒者・菅茶山(1748-1827)も正成を尊崇した一人でした。茶山の経歴についてはこちらを参照していただくとして、今回は彼が正成への想いを込めた漢詩を見ていこうかと思います。
宿生田 菅茶山
千歳恩讐兩不存
風雲長爲弔忠魂
客窓一夜聽松籟
月暗楠公墓畔村
(中村孝也編著『楠公遺芳』小学館 43頁)
千歳の恩讐 両つながら存せず。
風雲長く為に忠魂を弔ふ。
客窓一夜松籟を聴く。
月は暗し 楠公墓畔の村。
〈超意訳〉
生田に宿泊して
湊川合戦から長い年月がたち、もはや敵も味方もない。
しかし自然は楠木正成の忠義の魂を長きに渡り弔い続けているようだ。
というのも旅先の窓に一晩、松に吹きつける風の音が聞こえてくるし、
正成の墓近くの村は、月に雲がかかって暗いのである。
平仄及び押韻は下記の通り。○が平声、●が仄声、△はいずれも可、◎は韻脚になります。平仄を始めとする漢詩の規則については、こちらをご参照ください。下にあるサイトも参考にしました。
関連サイト:
「平仄くん」(http://kanshi.work/pinyin/index.php)
○●○○●●◎
○○○●●○◎
●○●●○○●
●●○○●●◎
韻脚は「存、魂、村」で上平声十三元。
以下は語句解説です。
・生田
神戸市中央区の地名。生田神社がある。なお、楠木正成を祀る湊川神社も中央区であり程近い場所と言える。
・千歳
千年。転じて、長い年月。
・恩讐
恩義と恨み。
・風雲
風と雲。自然。
事が起こりそうな天下の情勢を意味する事も。
・客窓
旅館の窓。旅先で泊まる場所。
・松籟
籟は、響きの意味。松の梢に吹く風。
・楠公
楠木正成の敬称。なお、子の楠木正行(小楠公)と区別するため「大楠公」と称する事もある。
正成を称え慰霊する事に詩の内容が絞られている事が、少なくともこの詩に関しては節度ある内容になっている感じがして、個人的に好感が持てる一首だと思います。
【参考文献】
中村孝也編著『楠公遺芳』小学館
『精選版 日本国語大辞典』小学館
『日本大百科全書』小学館
『世界大百科事典』平凡社
『大辞泉』小学館
『大辞林』三省堂
『角川新字源改訂版』角川書店
新田大作『漢詩の作り方』明治書院
菅原武『漢詩詩語辞典』幻冬社ルネッサンス
「日本漢字能力検定 漢字ペディア」(https://www.kanjipedia.jp)
参考文献:
「<読書案内>中村孝也『楠公遺芳』〜歴代楠木正成愛好者たちによる、漢詩と和歌のアンソロジー〜」








