大正天皇御製漢詩『 李白觀瀑圖』〜附 李白『 望廬山瀑布』 〜
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日に日に暑くなってきていますね。今回はネタに困った時の恒例となりつつある、大正天皇御製漢詩の話ですが、せっかくなので気分だけでも涼しくなりそうな作品を取り上げようかと。お題は『李白觀瀑圖』。名の通り、盛唐の詩人・李白(701-762)が滝を見ているという絵を題材にしたもの。李白が香炉峰の滝で『望廬山瀑布』なる詩を詠んだ事を元ネタとした絵でしょうから、大正天皇が詠まれた詩もまた、この有名な詩を下敷きにしたものとなります。という訳で、まずは大正天皇の御製漢詩を見てみましょう。
李白觀瀑圖
一道銀河落九天
香爐飛瀑帶晴煙
何人至此傳佳句
唯有風流李謫仙
一道の銀河 九天より落つ
香炉の飛瀑 晴煙を帯ぶ
何人か此に至って佳句を伝う
唯だ有り 風流の李謫仙
(石川忠久編著『大正天皇漢詩集』大修館書店 296頁)
〈超意訳〉
一筋の銀河が、高い天から落ちてきたかのようだ。
香炉峰の滝は、晴れた日もしぶきによる水煙で霞んで見える。
一体誰であろうか、ここにやって来て優れた詩句を残したのは。
それは、ただ一人。風流を知る「天上から追放された仙人」こと李白のみである。
平仄及び押韻は下記の通り。○が平声、●が仄声、△はいずれも可、◎は韻脚になります。平仄を始めとする漢詩の規則については、こちらをご参照ください。下にあるサイトも参考にしました。
関連サイト:
「平仄くん」(http://kanshi.work/pinyin/index.php)
●●○○●●◎
○○○●●○◎
○○●●○○●
○●○○●●◎
韻脚は「天、煙、仙」の下平声一先。
以下、語句解説です。
・一道銀河落九天
「一道」とは、ここでは「水、光などの細く長い一筋」。
「九天」とは、高い空、大空。法学により九つに分けた事によるか。『淮南子』によると中央を鈞天、東方を蒼天、西方を昊天、南方を炎天、北方を玄天、東北方を変天、西北方を幽天、西南方を朱天、東南方を陽天と呼ぶそうである。
なお、この句は李白『望廬山瀑布』結句で「疑是銀河落九天」とあるのを意識している。
・香炉
ここでは、香炉峰。中国江西省九江県西南にある廬山の北にある峰で、山頂の形状が香炉に似ている事に由来する。
・飛瀑
高くから落ちる滝。
・晴煙
晴れた日のもや。
・佳句
詩歌の良い文句。
・謫仙
天上から追放された仙人。李白をこう称したのは賀知章(659-744)であるという。余談ながら、賀知章も李白ともども杜甫『飲中八仙歌』に詠まれた一人で、酒を好み放縦な生活を愛した点で李白とは共通していた。
さて、上述したようにこの詩は李白の名作『望廬山瀑布』を念頭に置いています。ご存知の方も多いでしょうが、この詩もついでに見ておきましょう。
望廬山瀑布 李白
日照香爐生紫煙
遙看瀑布挂長川
飛流直下三千尺
疑是銀河落九天
日は香炉を照らして紫煙を生ず
遥かに看る 瀑布の長川に挂くるを
飛流直下三千尺
疑うらくは是れ銀河の九天より落つるかと
(同書 296頁)
〈超意訳〉
日の光が香炉峰を照らし、紫のもやが湧き起こる。
滝が長い川となってかかっているのが、遠くからも見える。
飛ぶような流れがまっすぐ、三千尺にも及ぶ高さで落ちていく。
ひょっとしたら、銀河が高い天から落ちているんじゃないかしらん、とさえ思わされる。
平仄は下記の通り。
●●○○○●◎
○○●●●○◎
○○●●○○●
○●○○●●◎
韻脚は「煙、川、天」で下平声一先。大正天皇は、韻を踏む上でもこの詩を意識された事がわかりますね。
こちらも、語句解説。
・紫煙
紫のもや。
・挂
かける。立てかける。
・飛流
勢い激しく流れ落ちる。滝。
・三千尺
尺は長さの単位。現在日本では訳30cm程度とされるが、中国・日本とも時代による変遷はあったようである。例えば殷代では18cm程度だったと推定されている。ここから考えると三千尺は540-900mと幅があるが、実際の高さというより「たいへんな高さ」という程度のニュアンスに取るべきか。なお、上述した平仄の都合でこの部分は○○●とする必要があり、その条件を満たす数は三と千以外にない、という側面も勘案する必要はあるかも知れない。
・疑是
「うたがうらくはこれ」。「おそらく〜ではないか」という意味。
この名詩を念頭にもう一度、大正天皇御製に立ち戻りますと。李白の詩句を引用し、同じ下平声一先で韻を踏み、結句で李白を称える。こうした李白へのリスペクト溢れる一編となっているのが分かります。この一首をものされた大正天皇もまた、風流なお方であったのだな、という感を改めて抱きます。
【参考文献】
石川忠久編著『大正天皇漢詩集』大修館書店
『精選版 日本国語大辞典』小学館
『日本大百科全書』小学館
『世界大百科事典』平凡社
『大辞泉』小学館
『大辞林』三省堂
『角川新字源改訂版』角川書店
新田大作『漢詩の作り方』明治書院
菅原武『漢詩詩語辞典』幻冬社ルネッサンス
「日本漢字能力検定 漢字ペディア」(https://www.kanjipedia.jp)
星田直彦『図解 よく分かる単位の事典』角川選書
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