伝説の隠者・厳光を称える漢詩〜戴復古『釣台』〜
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少し前、森鴎外『伊沢蘭軒』を題材にして、後漢初期の隠者・厳光について言及した記事を投下しました。せっかくなので、今回はその厳光を称えた漢詩についてお話したいと思います。
作者は南宋の詩人・戴復古(1167-?)。黄岩(浙江省)の人で、字は式之、号は石屏。半世紀にわたり各地の江湖をめぐり、高官や富豪に詩文を打って生計を立てる職業詩人だったそうです。作風は軽快かつ剛健と評されています。
釣台 戴復古
万事無心一釣竿
三公不換此江山
平生誤識劉文叔
惹起虚名満世間
万事無心 一釣の竿
三公にも換えず 此の江山
平生 誤りて 劉文叔を識り
虚名を惹起して 世間に満たしむ
(『NHKカルチャーラジオ 漢詩をよむ 詩人たちの肖像 江湖にうかんで』NHK出版 176-177頁)
〈超意訳〉
何事にもとらわれず、釣りをして暮らしている。
たとえ帝を補佐する三公の地位だとて、今いる山水の景色には換えられはしない。
しかし常日頃、うっかり光武帝の知遇を得てしまったが故に、
虚名が高くなって世間に知られてしまったのだ。
平仄及び押韻は下記の通り。○が平声、●が仄声、△はいずれも可、◎は韻脚になります。平仄を始めとする漢詩の規則については、こちらをご参照ください。下にあるサイトも参考にしました。
関連サイト:
「平仄くん」(http://kanshi.work/pinyin/index.php)
●●○○●●○
○○●●●○◎
○○●●○○●
●●○○●●◎
韻脚は「山、間」の上平声十五刪。起の「竿」は上平声十四寒ですが、隣接するので構わない、とみなしたものでしょうか。
以下、語句解説です。
・釣台
厳光が釣りをして過ごしたという場所。浙江省杭州市の富春山麓にあったとされる。
・無心
ここでは、とらわれる心がない事。
・三公
天子を補佐する最高の地位。後漢では太尉、司徒、司空。太尉は武官の長。司徒は戸籍、教育、厚生を司る。司空は築城や水利の建築を担う。
・江山
山水。陸と水の交わる景色。
・平生
常日頃。
・劉文叔
後漢の建国者、劉秀のこと。文叔とは、その字。厳光とは学友であったため、その縁で何度も取り立てようとする。一度は諫議大夫に任じた事もあるが、厳光はこれらを全て断り隠者として生涯を終えたのは上述の通り。ただし光武帝はこれに気分を害さず彼を友人として遇し、宮中へ呼び同じ部屋で臥した事も。翌日に天文官から「客星が玉座の星を犯した」と奏上があったが、光武帝は「朕の古友達の厳子陵が一緒に寝ただけのことよ」(富士正晴著『中国の隠者』岩波新書 79-80頁)と気に留めなかったという。
【参考文献】
『NHKカルチャーラジオ 漢詩をよむ 詩人たちの肖像 江湖にうかんで』NHK出版
高田淳『王船山易学述義』汲古書院
富士正晴著『中国の隠者』岩波新書
『精選版 日本国語大辞典』小学館
『日本大百科全書』小学館
『世界大百科事典』平凡社
『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』ロゴヴィスタ
『大辞泉』小学館
『大辞林』三省堂
『角川新字源改訂版』角川書店
新田大作『漢詩の作り方』明治書院
菅原武『漢詩詩語辞典』幻冬社ルネッサンス
「日本漢字能力検定 漢字ペディア」(https://www.kanjipedia.jp)
星田直彦『図解 よく分かる単位の事典』角川選書
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