2021年 08月 14日
円能斎と濃茶「各服点」について〜こんな時代だからこそ再び脚光を浴びているようです〜
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前回、真夏の点前として「洗い茶巾」についてお話ししました。その際、現在の形を考案したのは裏千家の円能斎である事にも触れたかと思います。
さて、この円能斎宗匠。他にも、現代に有用な点前方式を考案しています。その名は、「各服点」。今回はそれについて少し触れようかと。後でも触れますが、ある意味非常に今日的な問題に対処した方式ですから。
通常、「抹茶」と聞いて多くの方が連想するのは、少なめの抹茶に多めの湯で点てる「薄茶」かと思います。一方で、多めの抹茶に少なめの湯を用いる「濃茶」というのもあります。粘性が高くなるので、こちらは「点てる」というより「練る」という表現が用いられます。濃厚なため、薄茶より質の高い茶葉を用います。
この濃茶、「吸茶」といって一碗を数人で回し飲みするのが通例です。濃茶と薄茶が分離した16世紀半ばには一人一碗だったのですが、これに変化をもたらしたのが千利休。『茶湯古事談』は「むかしは濃茶を一人一服つつにたてしを、其間余り久しく、主客共に退屈なりとて、利休が吸茶にしそめし」(筒井紘一『茶書の研究 数寄風流の成立と展開』淡交社 389頁)と記しているとか。要は、一人一人に濃茶を練っていたら時間もかかるし亭主も客も負担になる、という事ですかね。これはこれでより良いもてなしのための工夫と言えます。
かくして「茶聖」千利休によって回し飲みと定められた濃茶。これに対し、共同体精神の確認行為、といった類の精神的解釈もなされるようになりました。当初からその意図もあったのか、それとも後付けなのか、それは存じません。ただ、今回調べた範囲で見た文献では、上記が理由として挙げられていました。
それを再び、一人一碗の濃茶としたのが「各服点」なのです。流石に利休の定めを廃するのは余りに畏れ多い、という事なのかどうかは存じませんが。この各服点、あくまでもイレギュラーな新規点前の一つ、という方式ではあります。しかしながらなぜ、円能斎は再び一人一碗の方式を復活させたのでしょうか。これには、彼が生きた時代が関係しています。
結論から申し上げると、円能斎が各服点を採用したのは、衛生面が理由です。円能斎が生きた時代は、明治・大正。近代化が急ピッチで進んだ時代です。その結果、知識人の中には「回し飲みは衛生的に感心できない」と拒絶反応を示す向きも出てきたのです。こうした意見に対応するため、一人一碗づつ濃茶を練って出す。近代化に伴い衛生思想が次第に普及していく中、それに対応するのが目的でした。
さて、現在。COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の拡大は強力な変異株の出現もあって止まるところを知りません。遺憾ではありますが。こうした中で感染拡大を防ぐためには、飛沫に心する必要があります。となると、如何に利休居士の教えとはいえ、現状では吸茶などもってのほか。そんな訳で昨年来、茶の湯の世界では再びこの各服点が注目され推奨されるようになっているようです。
関連サイト:
「裏千家ホームページ」(http://www.urasenke.or.jp/index2.php)
「千 宗室家元による「各服点」ビデオ解説」(http://www.urasenke.or.jp/movie/explanation/explanation.html)
まあ、現在の変異株は非常に強力な感染力を持っているので、回し飲みどころか複数人の客が同室する事からして憚られかねない現状ですが。いずれにせよ、茶の湯の世界がこの時代を乗り切ろうとする努力の中、一人一碗の方式が濃茶でも今後は存在感を高めるのは間違いなさそう。
茶の湯に携わる人々は、各々の時代で社会の要請に対応し生き残ろうと努力を惜しんでいなかった。そしてその努力は現在進行形である。それを読み取ってよさそうな話だと思います。
【参考文献】
『茶道の源流 六家元の系譜』第一巻・第三巻 淡交社
熊倉功夫『昔の茶の湯今の茶の湯』淡交社
筒井紘一『茶書の研究 数寄風流の成立と展開』淡交社
樋口清之『日本人はなぜ水に流したがるのか』PHP研究所
『日本大百科全書』小学館
『精選版 日本国語大辞典』小学館
『日本人名大辞典』講談社
※2021/8/19少し修正
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by trushbasket
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| NF








